「SAP PPの教科書」 No.1 生産分野におけるSAPの適用と取り組み
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1.はじめに
このシリーズでは、まず生産分野の全般的な事項として、SAP適用にあたっての基本的な考え方や注意点、導入によって得られる効果などについて触れます。その後数回にわたってSAP生産計画・管理分野の概要を紹介し、さらに生産の計画系、実行系にわたってSAPパッケージに準備されている具体的な機能を紹介します。
2.生産分野へのSAP適用と取り組み
2-1.基本的な考え方
製造業では、製造現場における「ものづくり」が企業活動の主体です。
SAPを成功裏に導入するには、「ものづくり」とその支援業務に対して格別の配慮をする必要があります。
もし生産に支障をきたすようなことになれば、企業の存立自体を危うくしかねません。一般に、SAP導入の狙いは企業全体の管理レベル向上や経営者に企業活動を見えるようにする、というところにあるので、必ずしも生産現場の業務改善や効率向上といった点に焦点を合わせるとは限りません。
各企業の製造現場では、効率をあげムダを省き在庫を減らし、変更に機敏に対応するために改善を積み重ねてきています。SAPを導入すると、データの受け渡しや業務の流れが今までと変わってくることがあります。このことで現場が混乱したり、システム運用やデータ入力のための工数が増大したりして、肝心の生産業務に支障をきたすことがないよう、十分な配慮をしなければなりません。
日本の製造業における生産管理のレベルの高さは欧米以上であり、場合によってはSAP導入でレベルダウンになってしまう可能性もあります。SAP導入に関して、生産分野は最も困難で注意すべき分野であるということを認識しておく必要があります。しかし、生産現場に十分な配慮をして適切に導入されるならば、SAPは全社的なレベルの経営改善とともに、生産業務を支援する効果的なツールになります。
SAPパッケージの生産計画・管理分野で提供される各種の機能には、多くの企業の様々なノウハウや経験が盛り込まれています。これらの中から自社の生産活動に適用できる仕組みを選択することによって、生産とその支援業務を改善し効率を向上させ、かつ全社的なSAP導入の狙いにも応えることができます。
2-2.製造部門にとってのSAP
SAPパッケージは会計、生産、販売といった各業務をサポートするモジュールの連携で成り立っています。製造部門の業務では、生産管理のモジュールと、これに関連した在庫、購買などの機能を利用することになります。
生産管理モジュールの機能範囲は、従来「統合生産管理システム」として販売されていたパッケージとほぼ同様の機能、すなわち部品表などのマスタ管理、生産計画系として中・長期の製品レベルの計画から、MRP (Material Requirements Planning:資材所要量計画)、能力計画、スケジューリングまで、実行系として製造指図、実績報告、進歩管理といった機能を備えています。
SAPになって発展したのは、会計系との連携です。会計系との連携が実現することで、製造の実積原価がリアルタイムに精度よくつかむことができ、損益が見えるようになります。この部分がSAPを導入する大きな狙いとなっています。しかし、この部分は製造部門の現場に近い者にとってはみえにくい狙いであり、SAP導入の推進者は、この狙いを製造部門によく理解してもらう必要があります。また同時に製造部門への影響がどうなのか、製造部門にとっての効果は何なのかということを十分に説明しなければなりません。
2-3.製造部門としての取り組み姿勢
製造部門としての取り組み姿勢としては次の4点が必要と考えています。
①生産分野に関してはSAPに無理に合わせないことも必要となる
SAPの狙いのひとつは業務改革です。SAPの仕組みに合わせていくことで、業務改革が実現しグローバルで標準的なビジネス・プロセスが実現できるといわれています。基本的にはSAP導入にあたっては、この姿勢で取り組むべきで、現行の業務は必要なら変更することになります。しかし製造現場に関しては、モノの流れや業務の仕組みを十分に検討し、生産業務全体への影響を検証する必要があり、下記の観点で検討することになります。
(ⅰ)自社の製品や生産方式の特徴・強みに対する観点
今後も強みを生かしていくために、今の方式を生かすか、SAPの考え方や機能を利用して支障はないかを検討します。
(ⅱ)標準化・整合性の観点
現在の仕組みが長年使われてきて、その間に改良や機能追加が行われ複雑になっているような場合は、SAPを導入することで機能的に整理され整合性の取れた仕組みにすることができます。SAPに対して当初は使いにくさやわかりにくさを感じても、SAPの仕組みを選択する判断がありえます。
(ⅲ)機能面の観点
明らかに必須と思われる機能が不足しており、作業の効率が極端に悪くなる場合などは、無理に合わせず、下記③④のような対応も検討する必要があります。
②他分野との整合性を配慮する
全社的な導入が決まっている場合の製造部門の姿勢としては、他分野との整合性を生かしながら、SAPの機能の中で製造に役立つ部分を活用していく、という姿勢で取り組むべきです。部分といっても、インターフェースの構築などを考慮すると、大括りの機能領域単位での選択が現実的です。
③必要な場合には追加開発を行う
SAPでは追加開発は避けるべき、ということもよくいわれています。しかし製造現場のオペレーションや外部(外注先など) とのやりとりの部分などでは、追加開発が必要と判断されるケースが多いです。ただし追加開発の場合には、バージョンアップ時の対応や他関連分野との整合性に十分考慮する必要があります。
④既存機能のほうがよいと判断されれば組み合わせて使う
SAPの仕組みは、企業の業務プロセス全体に網をかけるようにして利用するものです。製造分野では全体の仕組みや関連付けで整合性を取り、その中で部分的に既存の仕組みや単体のパッケージを利用することが少なくないです。
とくに、現場に直結したスケジューリングや現場の制御系とそのインターフェースなどは、SAPの生産モジュールと組み合わせて上手に利用すれば、製造部門の効率・使いやすさと SAP 全体の効果とを同時に実現することが可能となります。
一方、マスタ類の重複や整合性に考慮を払う必要があり、インターフェースで追加の開発も必要になる、ということを承知しておく必要があります。
3.製造部門におけるSAPの効果
SAP導入にあたって、製造部門としての注意点や基本的姿勢について述べましたが、注意事項や懸念点ばかり先に述べたので、製造部門の方々はSAP導入をためらってしまうかもしれません。
しかし、SAP導入は製造部門管理者にとっても、長年の課題を解決するメリットをもたらしてくれる可能性があります。製造部門自身も受身になるのではなく、自身の業務の改革機会ととらえて前向きに取り組むようにしたいです。製造部門にとってプラスになる点として以下の点があげられます。
3-1.他関連業務との有機的・リアルタイムの連携が実現される
下記に具体的な例をいくつか示します。
①営業からの需要データが生産側に即反映される
受注生産の場合だけでなく、見込みで生産にかかってこれを途中から受注に引き当てるケースや、在庫生産の場合など、様々の生産形態の標準的なプロセスがサポートされていて、営業の無要情報が即生産活動に反映される仕組みになっています。
②購買発注業務と生産との連携が図れる
SAPの機能により、購買発注の計画と生産のスケジュールを連動させることができるので、欠品防止、在庫削減に効果があります。
③在庫管理と購買・生産の連携が実現される
生産・購買の計画作成にあたっては、リアルタイムで管理されている在庫データが参照されて手配が行われるので、ムダな在庫をもたないで済みます。また、受入、生産実績は即在庫に反映され、生産・購買と在庫管理の連携が実現し、生産・在庫の状況が販売業務にリアルタイムに反映され利用されます。
④生産の実績データがそのまま原価計算につながる
生産活動の実績(工数、歩留まりなど)は、直接リアルタイムに実績原価計算の仕組みにつながり、原価計算、月次・期末の損益管理の業務を支援することができます。
3-2.業務の標準化につながる
前にも述べましたが、SAPパッケージは先進的な企業の業務プロセスに基づいて開発されており、標準的でグローバルに通用するプロセスといえます。ただし、パッケージには唯一無二の正解が詰まっているというわけではなく、いろいろの選択肢が含まれています。したがって、標準化を進めるためには、単にSAPに合わせるということではなく、主体的にSAPの仕組み・機能を評価し、自工場の生産活動に合った仕組みを選択する必要があります。この検討の過程でSAPの仕組みを学び、先進他企業の事例を取り入れて標準化を進めていきます。
3-3.SCMのツールとして利用
原材料・部品の供給から、製造・販売、最終ユーザーに至るモノの流れを効率よく管理しようとするSCMに取り組む製造業も増えています。この取り組みは、小売、卸・販社、製造、部品メーカーといったサプライチェーンの各拠点で、在庫を最少化しつつ需要を満足させるように供給しようというもので、販売・物流に焦点を合わせる場合が多いです。
しかし、製造企業にとっても、需要情報を受け取ってタイムリーに生産と部品・原材料の手配につなぐ計画系の仕組みは、チェーンの一部として非常に重要な部分であるといえます。
4.SAP生産計画・管理の概要
4-1.機能範囲および他分野との関連
データベース上にマスタとして品目および構成(部品表)を定義し、これに対して生産計画を立てて、スケジュールを詳細化して生産の実行につなげていきます。したがって、マスタ上に定義された品目は、繰り返して生産されることが前提になっています。
船舶や建設、プラント設備などのような個別受注型一品生産の場合は、生産品目や購入資材などの情報を事前にマスタとして定義しておくことはできません。このようなタイプの生産は、開発・設計から出荷・設置までを管理するために、「プロジェクト管理」という生産計画・管理とは別の機能範囲モジュールで扱われます。このプロジェクト管理モジュールでは、製品の完成までをひとつのプロジェクトとして定義して、その予算・スケジュールを管理する。個別に生産される一つひとつの品目は、プロジェクト専用の品目・構成として定義され手配されて、進捗が管理されていきます。これらの機能は生産計画・管理モジュールと連携して動きます。
繰り返し型の生産に話を戻しますが、繰り返し型であっても需要の発生はいろいろで、受注生産の場合もあり、見込生産の場合もあり、またこれらの中間型などがあります。このような様々の無要の入り方に対応した計画機能については、次回に説明いたします。
他分野との関連では、販売モジュールより受注情報を無要管理に取り込み、在庫・購買管理モジュールで管理されている在庫数量がMRPで(計画上)引き当てられます。MRPのアウトプットとして、購入品の購買依頼情報が在庫・購買管理モジュールに渡され、発注処理に回されていきます。自工場で生産される品目の計画は生産の実行系機能に渡され、製造指図、進抜管理が行われていきます。資材・部品の出庫と生産の実績に伴う入庫が在庫管理機能と連動しています。製造指図の準備段階と生産の実績入力の段階で、それぞれ予定原価と実績原価の計算機能が連動しています。
4-2.生産計画・管理のマスタ
生産計画・管理モジュールの主要なマスタとしては、以下の4種類があります。
①品目マスタ(Item Master, Material Master)
品目マスタは生産計画・管理だけでなく、販売、在庫・購買管理などで共運的に使用されます。会社、工場、保管場所などの階層に対応して該当するデー夕も階層的にもたれており、それぞれの業務で使用されるデータ項目、組織ごとに異なった条件項目などが定義できるようになっています。在庫管理の対象となる品目は、品目コードを設定して、品目マスタに管理する必要があります。
②部品表 (Bill of Materials:BOM)
製造工程での品目の親子関係(原材料と部品、部品と製品など)を定義します。
この中に、製品1単位当たり部品がどれだけ必要か、といった量的関係が定義され、原価の積み上げや、部品・原材料の手配のための所要量計算(MRP)などに使用されます。品目および部品表をどのように定義するかは、製造現場でのモノの流し方、在庫ポイント、内作・外注の区別、などと密接に関わっていて非常に重要なポイントです。通常、部品表は工場別に定義し、用途別(例えば設計用、原価計算用、生産用など)に、また同一用途の中でも複数のバージョン(例えば製造工程により異なる構成など)をもつことができます。さらに設計変更に対応して部品表の構成の変化を時系列に管理し、所要量計算
(MRP)にその変更を反映させることができます。
③作業区(Work Center Master)
生産現場での、設備、機械、機械グループ、人の組織(班、機能グループなど)、生産ラインなどを定義します。製造原価をとらえる単位であり、また生産能力を定義する単位でもあります。
④作業手順(Routing)
品目を製造する手順を定義します。手順の個々のステップを作業(Operation)と呼び、この中に、どの作業区でどれくらいの工数、設備使用時間を必要とするかが定義されます。作業手順は能力計画・スケジューリングに使用され、また製造指図上に表示されます。
4-3.工程と在庫の考え方
SAP導入においては工場の製造現場におけるモノの流れ(製造工程)をどのように定義するか、ということが非常に重要です。この内容によって品目マスタ上に定義すべき品目、部品表の階層、作業区と作業手順の持ち方、現場へ製造指図の出される単位、在庫をつかむポイントなどが決まります。
在庫をつかむポイントは月次、期末などの棚卸でどこの在庫をつかんでいるかを確認します。このポイントで保管場所を定義します。生産の流れの中では、在庫ポイントの前後で品目コードを区別します。
次に、製造の指示数量が生産の流れの前後で異なるという点に目をつけます。
このポイントの前後では、SAPからの製造指図を分けるようにする必要があり、そこで品目を区別します。
また、どこのポイントで工場外(外注先や他工場)との出入があるかも注意します。製造工程の一部(切断やメッキなど)が外に依頼されている場合は、品目コードが設定されていない場合もあるが、取引(支給、購買)の対象であるので基本的には品目コードを設定すべきです。
しかし品目コードを設定すれば部品表の階層はその分深くなるので管理は面倒になります。機能的には品日コードを分けなくても、外注処理の可能な「工程外注」の機能が提供されているが、取り扱いはなかなか難しいです。運用面を考慮して機能を選択します。
このような点を考慮して工程のモデルが決まると、その結果として、品目マスタ、部品表マスタ、作業区、作業手順が決まり、これらのマスタを使用してMRPの計算、能力計画、スケジューリングが行われます。