「SAP PPの教科書」 No.2 生産計画・MRP・小日程計画
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1.はじめに
この記事では、生産の計画系にわたってERPパッケージに準備されている具体的な機能を紹介します。
2.生産計画
まずは、生産計画の概要について紹介します。
2-1.業種・業態と生産計画
ERP生産計画・管理モジュールの計画系機能は、様々の業種業態に対応可能になっています。個別受注生産についてはすでに触れたように、プロジェクトとして扱って計画・管理が行われるので、ここではマスタを準備して生産計画を立てるタイプ(つまり何らかの形で生産が繰り返されるタイプ)の各種生産計画について触れます。ERPで想定されている計画のタイプとしては、以下のようなものがあります。
①見込生産(Make to Stock)
生産は受注や実需要と切り離されて、製品在庫を補充するために行われます。
②受注生産(Make to Order)
受注が入ってから所要量が計算され、手配が行われる。材料の手配に至るまでその受注専用で手配が行われます。
③見込受注生産
先行して生産に入り、受注が入ってからこれを引き当てて、生産を完了させて出荷します。このタイプの生産を行う企業は、いろいろの業種にわたって非常に多いです。これは全体のリードタイムを短縮しながら、かつ個々の需要・仕様に対応していこうとする形です。このタイプの生産のためには、以下のような計画手法がサポートされています。
(ⅰ)見込みで生産に入り、最終製品は受注分だけ作る。
(ⅱ)見込みで生産に入り、受注分は受注ごとに生産し、残りの見込分も最終製品まで作る。
(ⅲ)計画用部品表を定義し、これを使用して部品を先行手配し、受注の仕様が確定してからその仕様に合わせて最終製品を生産する。
この計画用の部品表は、実際には製造されない理論上の製品品目コードで部品をまとめており、これで手配数が計算されるが、受注製品を組み立てる際には、その部品を横から引き当てて使用します。仕様の少しずつ違う製品が多く存在するタイプの製造業に有効です。
(ⅳ)部品・半製品レベルで需要を入力して先行手配し生産にかかり、製品の受注が入るとそれを引き当てて使用する。
部品の調達や部品加工、中間組立のリードタイムが長く、かつ共通部品・半製品が多いようなタイプの生産に適しています。
このようにして、様々のタイプの需要に対応できるようになったことで、ERP パッケージを使用できる企業の幅が飛躍的に広がりました。MRPの部分は、多くの製造業が使用可能な機能でありましたが、その上流にあたる需要管理の部分で自社の要件に合わないために、この部分を苦労して自社開発してきた企業が多いです。ERPでは、用意されたこれらの機能を容易に選択して利用することができます。選択にあたっては、ユーザーは自社の製品について、需要発生のタイプをよく検討し、適切なものを選択する必要があります。
2-2.生産計画
生産計画という言葉は非常に広い業務範囲に対して使用されるが、一般にその内容としては、以下のような段階があります。
①長期生産計画(予算計画、大日程計画、生販在計画など)
製品または製品グループ単位、月単位総量での計画。12カ月程度の長さ。
②中期生産計画(月次計画、中日程計画など)
製品の製造リードタイムにもよるが、計画の長さは1〜3カ月程度、製品別で日または週くらいの単位で作成されます。
③短期生産計画(週間計画、小日程計画、詳細スケジュールなど)
製品レベルの計画を各品目別の計画に落とし込み、さらに工程ごとに負荷を調整して詳細スケジュールを作成する。一口に製造業といってもいろいろの業種があり、製品の製造リードタイムも需要の入り方もまちまちであるが、生産計画のレベルとしては前記のようなステップが取られている場合が多いです。
このように、概咯・長期の計画から現場でそのまま作業にかかるレベルの詳細計画まで、生産計画全般にわたって標準的な機能が準備されています。工場・製品の性格によって計画の内容や作成の仕方は違いがあるので、どの機能がどの段階の計画に当てはまるかは、それぞれ詳細に検討して決める必要があります。
それぞれのレベルの計画から下位の詳細レベルに落とし込んでいく場合の切り出し方(時間軸、担当範囲など)も十分検討する必要があります。
また、計画作成ロジックによっては準備されている内容が合わないこともあり、そのような場合には前述したように、業務のほうを変えていくことが標準化・改善につながる場合もあります。また既存の機能を使用してERPの他分野に連結して使用していくこともあります。
製造部門としては、生産の流れを保証することを第一の優先度として、機能面、人間系業務の負荷の面などから、十分に検証して決定していくことが重要です。
3.MRP
月別の製品生産計画と小日程計画との中間レベルの計画として、MRP を採用している企業は多いです。これ以外にも、日本独特の管理方式であるカンバンや、製番管理を採用している企業も数多くあります。欧米で作られたERPには、以前はこれらに似て非なる機能の搭載されたものもありましたが、最近では各パッケージベンダーの日本法人の努力もあり、日本企業の生産方式をモデルとして作成された機能も追加されてきています。
カンバンや個別受注設計品の製番管理については、別の機会に記載することにして、ここではERPの生産計画の中核をなす MRPに関して触れます。
3-1.MRPの目的と実行の前提
MRPの目的は、「何を」「いくつ」「いつまでに」生産または調達すれば、与えられた所要(受注や予測された需要)を満たせるかを計算することです。
この計算を行うためには、いくつかのデータをMRP実行前までに正しく準備しておくことが前提となります。これに対して検討の段階で課題となるのは次のようなポイントです。
①各品目の工程ごとのリードタイムがわからない、または不正確である
これは、部材投入から最終製品完成までの「間(あいだ)」の管理をしていない企業の場合に起こりがちな課題です。工程間在庫の把握のために、工程の括りの分割が必要となるケースがあります。
しかし、品目ごと工程ごとの実を計測していない工場が、いきなり工程ごとの計画リードタイムを設定してMRP を実施するのは、少々無理があります。まずは、なるべく正しいリードタイムが設定できる単位(工程の括り)と、在庫を把握したい単位との間の妥協点を決めるべきです。後は運用の中で精度の向上を図り、必要部分の単位を細かくします。対象となる工程の数によっては、マスタ変更の工数が膨らむが、不正確なリードタイムで役に立たない計画を作成するよりは、安全なアプローチと考えます。
②設計または研究開発から量産までの時間が短く、マスタ設定が間に合わない
新製品や一部受注設計品の混在するような製品の生産では、このような課題がよくあげられます。解決のためのアプローチとしては、まず、製品の仕様が決まってからマスタ設定完了までの、業務の流れと仕組みを再検討することがあげられます。実質的に機能していない承認手順を排除し、設計や開発部門で作成した仕様データを、なるべく人手をかけずにマスタ登録できる仕組みを構築するのです。
CADデータやPDM(製品データ管理)、処方作成システムなどからマスタデータをインターフェースする仕組みは、かなり多くの企業で採用されています。また、このようなシステム面からのサポートに並行して、統合的なマスタ管理をミッションとした部門や担当者の設置を行った事例もあるようです。
③工程の条件によってバラつきが多く、歩留まりが一律に設定しにくい
これは液晶や半導体、その他一部のプロセス型生産品目で耳にする課題です。対応策として、ある企業では次のような仕組みを構築しています。
(ⅰ)MRPで使用する歩留まりの値は、実績をもとにした平均値を設定します。
この平均値は毎月システムで算出し、人手で異常値を除去したあと、マスタに自動的に反映されます。
(ⅱ)完了数の不足がそのまま欠品に結びつくような品目については、実績がある間値以下となった場合、自動的に追加の製造指図が発行されます。
この例では、実績に基づく定期的な歩留まりのチェックと、管理対象品目の自動指図発行がポイントとなっています。
④在庫の入出庫はデータセンターで一括入力しており週末にならないと在庫数量が合わない
ERPの基本はリアルタイム入力です。入出庫の都度、データが更新されるのが最も望ましい姿ではありますが、無線ハンディターミナルでの入出庫登録の仕組みでもない限り、なかなか人手だけでは対応しきれないのが現実です。
ERP との連携を謳った無線ハンディターミナルも数年前から出てきており、ERP導入と並行して導入する企業もあります。
しかし、まだそこまで手が回らないというプロジェクトも多数存在しています。
MRPの場合、製造指図や購買発注、在庫転送予定が登録されていれば、移動予定データをもとにして計算が可能です。後は予定外の入出庫や、製造外使用をどのようにシステムに反映させるかです。
このように入カタイミングの遅れはある程度解決可能であり、むしろ問題なのは在庫精度です。これに関しては、在庫管理の節で触れることにいたします。
⑤受注見込や需要予測の精度が低く、前月とは全く異なったデータが来る
見込生産型の工場の計画担当者から、必ずといっていいほど課題としてあがるのが、見込データの精度です。販売部門から来る見込データは参考程度とし、製造部門が独自に予測データを作成している工場もあります。
精度が低い理由は様々であり、お客様に起因するもの、データ作成の仕組みに起因するもの、製品自体や市場に起因するものと3つに大別されます。
お客様や製品/市場に起因するものについては、営業や開発部門の情報収集力に依存する面もあり、情報システムだけで解決できる課題ではないが、少なくとも、情報をキャッチしたら素早くデータに反映できる体制は整えたいです。
見込データを作成する仕組みに起因するものについては、ある程度は自社努力で解決できる課題です。ERP導入をきっかけとして、販売部門/製造部門が協力してデータの変動要因を洗い出し、新しいシステムの仕組みとして取り込んでいくのが、プロジェクトとして望ましい姿ではないでしょうか。
3-2.MRPの付帯機能
ここではパッケージ選択時のキーポイントとなるような MRPの付帯機能について、いくつか取り上げます。
①複数の生産形態への対応
MRPを使用する製造業の生産形態は、受注生産/見込生産/受注見込混在型の
3つに大別されます。ERPパッケージの場合、これら3つには対応可能なものが多いです。
これらに加えて日本には製番管理があります。製番管理の運用形態は企業により様々な個性があります。とくに受注見込混在型生産の場合、手作業で管理を行っていた時代の名残が色濃くあります。
MRPの計算機能については、どのパッケージでもそう大差はないが、こと製番管理については、できること、できないことに大きな差が現れます。また、ERP パッケージは刻々進化を遂げており、昨年まではなかった機能が、今年は実現できるようになっていたりします。製番管理を採用している企業の場合は、慎重にパッケージの選択を行うべきであり、以前検討してあきらめた企業も、再度検討してみる価値はあると考えています。
②1システム内での複数MRPの実行
近年のERPプロジェクトは企業内の複数工場や、グループ企業を含めた大規模なものが増えてきています。また、その環境を1つのシステム内に構築しようとするものも多いです。このような場合でも、MRPには実行単位というものがあり、大抵は工場ごと、またはラインごとに実行する形になります。ここでのポイントは、実行単位の考え方と複数のMRPを実行する場合の順序についてです。
(ⅰ)MRPの実行単位の考え方
以前、筆者が担当したプロセス生産型工場では、中間品タンクの在庫の扱いが検討課題となりました。当時採用していたパッケージのMRPでは、1実行単位の中の計算対象在庫は「どこへでも動かせるもの」として計算されていました。しかし、タンクの中の在庫はパイプのつながっている範囲内でしか動きません。したがって、プラント内の工程を数+ラインに分割して、MRPを実行する必要がありましたが、当時は1工場の中で複数MRPを実行させる機能はなかったです。やむなく MRP専用パッケージを使用し、その結果をERPパッケージとインターフェースさせる形を取りました。
現在は1工場複数ライン MRPの機能が付加されたパッケージも出てきており、これは重要なパッケージ選択要件のひとつであると思われます。
(ii) 複数MRPの実行順序
1システム内で複数のMRP を実行する場合、ある MRPの実行結果を受けて、別のMRP を実行しなければならないようなケースが多いです。
これらの制御をシステムが自動で行ってくれれば問題はないですが、実行順序をすべて人手で管理しなければならないようなシステムもあります。しかし、複数のMRP間をそれぞれ双方向で所要量転送する必要があるような場合は、人手での制御には限界があります。このような要件もパッケージ選択時の重要な基準となります。
③実行結果の紹付き照会
MRPの結果である手配計画と、計画のもとの所要とを数レベルにわたって紐付きで照会できる機能をもつものもあります。例えば、仕入先からある購入部品の入庫遅延連絡があった場合、該当する購買発注伝票から遡って、影響を受ける製造指示や受注伝票などを探り当てる機能です。
日本の製造業には、この機能を手作業で実現するために製番管理を行っている企業もありますが、ERP導入を契機として、システム化により不要となる管理方式を見直すことも必要です(ただし、現場の混乱などの理由により、管理方式を変更したがらない企業が多いのも現実です)。
4.小日程計画
MRP実行後に、生産対象となった品目を具体的にどの工程でいつ生産するのかを、工程負荷の平準化や段取り替の最適化を行いながら計画するのが小日程計画です。大体、数日〜1週間程度の期間を対象とした計画を作成しているケースが多いです。この小日程計画をERPパッケージで実現しようとした場合、次のような点が課題としてあげられます。
4-1.MRP と小日程計画の矛盾の解消
小日程計画は概ね次のような手順で実行されます。
①ボトルネック工程の負荷山積み/崩し、または段取り替時間がキーとなるエ程の段取り替最適化計画の作成
②上位品目のフォワードスケジューリングと下位品目のバックワードスケジューリング
ここで問題となるのは、作成された計画が、MRP で作成された手配計画の開始日/完了日の範囲内に収まらないケースです。そもそもボトルネック工程の場合は、工程リードタイムをかなり長めにとっていない限り、収まらない手配があるのが普通であるともいえます。
この問題への対応としては、次の2つが考えられます。
(ⅰ)対応策1:MRP→小日程計画→MRP
まず、ボトルネック工程までのMRPを実行し、その結果をもとに小日程計画を実行する。小日程計画が確定したら、その結果をMRPの結果に反映させ、下位品目のMRPを実行する。この方法は、ボトルネック工程とそこでの生産品目の数が比較的少ないケースに適用可能です。
(ⅱ)対応策2:MRP と負荷調整/段取り替最適化の同時実行
最近はAPS(Advanced Planning & Scheduling)機能を備えたパッケージが出てきており、これを利用すればMRPと小日程計画の同時計画が可能です。中にはERPパッケージベンダーの製品もあるが、APSパッケージと ERPパッケージとは別ソフトウェアであるケースが多いです。したがって、パッケージ自体の機能の検討と並行して、前提となるインフラやインターフェース開発に関しても調査が必要です。
これらの対応策については、プロジェクトでの生産計画に対する要件や採用予定のERPパッケージの制約を十分に検討したうえで、対応方法を決定すべきです。
4-2.計画の自動化レベルとマスタ設定負荷のバランス
小日程計画を実行させるために専用スケジューラーを採用した企業でも、システムが作成した計画を最終的に人間が変更しているケースは多いです。スケジューラーの選択要件として、人手での変更がやりやすいことを第一条件としてあげているプロジェクトもあります。最近のスケジューラーは生産工程で発生する各種の制約要因をかなり多彩に取り込めるものが増えてきており、機能的には、人間の介在なしに、かなり高精度な計画が作成できるはずです。
では、どうして人手での変更が必要なのか。この要因のひとつとして、計画の制約条件の設定負荷が大きいことがあげられます。いくらシステムが進歩したといっても、判断基準が事前設定されていなければ、思ったような計画は作成されません。人間の頭の中の情報量とそれをもとにした判断基準をすべてシステムに取り込むのは、思ったより手間のかかる作業であるうえ、条件が変わるたびに設定を変更する必要があります。そこで、いちいちシステムに条件を入れるよりは、人手で結果を修正したほうが早いということになるわけです。システムに計画させる電囲、人が修正する範囲については各企業の状況に応じて上手に使い分けていく必要があります。