「SAP PPの教科書」No.3実行系(指図書発行と実績報告・在庫管理・実績管理)
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はじめに
ここでは、生産の実行系にわたって検討すべきノウハウやERPパッケージに準備されている具体的な機能を紹介します。
1.実行系 指図書発行と実績報告
計画が確定したあとは、製造指示を出し、実際の製造活動にかかることになります。下記はERPパッケージの一般的な実行系フローを表しています。
【実行系フロー】
①指図書発行
②構成品払出
③製造活動
④製品入庫
⑤実績報告
これに若干補足をすると、②構成品払出と④製品入庫に関しては、システム的には実績報告と同時に処理する方法もあり、必ずしもこの順番でない場合もあります。また、工程の途中で経過報告を行う場合は、④と⑤が逆転します。以上のような、概路の流れをもとに実行系システム適用の際の課題や考慮点について、触れていくことにします。
ここでいう「指図」とは、どの品目をいくつ、いつからいつまでの間に、どの工程を使用して製造するのか、さらに、どの機成品目がいくつ必要であるかを規定したものです。
1-1.指図管理のタイプ
指図の出し方には、次のように大きく3つのタイプがあります。
(ⅰ) 組立型生産用
最も一般的な指図の出し方であり、組立型製造業や一部バッチプロセス型製造業で採用されています。
(ⅱ) 繰返/連続生産用
レート生産型の製造業で、1つのラインで数日から数週間にわたって同じ品目を製造し続ける工程の場合に用いられます。
(ⅲ) プロセス生産用
指図の中に、設定温度や工程途中での品質検査指示、安全基準情報などを入れたり、結果としての詳細な工程情報をPCS (Process Control System) などから取り込んだりする場合に用いられます。
以上のうち、(ⅱ) と(ⅲ)についてはサポートしていないパッケージもあるため、これらを採用したい場合は、パッケージ選択時点で留意する必要があります。また、プロセス生産品であっても、(ⅰ)の組立型生産用で対応可能なケースも多々あるため、指図書発行と実織報告に必要な情報は何か、工程の制御機器との接続の要否などを明確にして採用を検討すべきです。
1-2.ERP と MES(製造実行システム)
ERP導入検討中の工場に出向いて、私が担当者の方から要件を伺うと、「その部分はERPというより、MESの領域で解決すべき要件ですね」という話になることがしばしばあるようです。両者の位置付けは一般的には下記のように表現されます。
【ERPとMESの位置付け】
計画系:ERP
実行系:MES
制御系:DCS(Distributed Control System)/PLC(Programmable Logic Controller)
ERP も MESもパッケージによって機能範囲が異なるため、明確な切り分け基準は存在しません。上記のうちのいくつかが要件として存在し、検討中のERPパッケージでその要件がカバーしきれない場合は、MESパッケージを検討してみるのもひとつの方法です。
(ⅰ) DCSやPLC、搬送設備、自動車設備への指示機能が必要な場合
(ⅱ) DCSやPLC、搬送設備、自動合庫設備からの実績情報取得が必要な場合
(ⅲ) (ⅱ)で収集した時系列情報を蓄積し、分析する機能が必要な場合
(ⅳ)各種設備の稼働監視を行いたい場合
(ⅴ)ERP側で定義している工程とは異なる単位で実績収集を行いたい場合
1-3.指図書発行での課題と解決策
製造現場への指示として発行される指図書には、それぞれの工場や工程で長い年月の間に積み重ねられてきた「知恵」が詰まっています。ケアレスミス防止のための符号の表示や、各工程での注意事項の表示、時にはカラーで注意を喚起しているものもあります。
このような「知恵」は当然パッケージには標準装備されていませんが、追加開発により、既存のフォーマットのよい部分をある程度取り込んだ指図書の発行が可能です。ここで課題となるのは、目にみえるフォーマットよりも、中身のデータや登録/発行のタイミングであり、例えば次のような課題があがるケースがあります。
(ⅰ)指図の登録と製造品日ロット番号の採番タイミングとにズレがあり、登録段階でロット番号の指定ができない
(ⅱ)指図書発行の段階で構成品目が検査中となっており、使用可能品日としての欠品チェックができない
(ⅲ)指図書発行後の設計変更の発生
(ⅲ)については、指図書ごとに変更後のデータに置き換えができる機能をもったパッケージもあるので、システム内では対応可能です。ただし、すでに工程に送られた指図書については、きちんとルールを設けて、正しく置き換えできるようにしておく必要があります。また(ⅰ) (ⅱ)のような場合は、まず運用の変更の検討、これが無理ないしは変更により現在の製造のよさを損なうのであれば、追加開発を検討することになります。
1-4.実績報告での課題と解決策
実績報告における課題は、報告のタイミングと頻度を、効果と負荷のバランスから、どう決めるかに尽きます。「原価や在庫が正しく把握できる」のは、必ずしも効果ではありません。「把握できることによって、どういう手が打てるのか、それによって生まれる利益は何か」が定義されて初めて効果といえます。
現実的には「精度を上げるための報告負荷を低減させる仕組みやシステムの構築コスト」と「精度を上げることによって生まれる利益」の損益分岐点をどう考えるかから出発して解を求めることになります。これをおろそかにすると、本稼働はしたが現場は回っていないということになりかねません。
2.実行系 在庫管理
在庫管理の目的は、何が、どこに、いくつ、あるのかを正確に把握し、販売や生産、購買での計画策定機能に情報を提供し、それらの計画をもとに移動指示を出すことにあります。計画策定時と指図書発行時では、すでに在庫数が変化している可能性があるため、再チェックが行われます。
計画作成や指図書発行の大前提は、在庫が正しく把握されていることです。30年前ならともかく、近頃ではERP導入を検討する大抵の企業には在庫管理システムは導入されています。システム化されているにもかかわらず、在庫が合わない倉庫に、何の工夫もなしに ERPパッケージを導入しても在庫は決して合うようにはなりません。
そもそも在庫差異とは、置き場間違いや、出荷数のチェックミス、入出庫報告の入カミス、予定外在車移動の報告忘れなど、様々な人的ミスの合計値です。これらの在庫差異原因の分析と実効性のある対応策の実施がERPパッケージ導入の大前提であり、在庫が合わないまま、やみくもに導入することは、むしろ傷口を広げる可能性が高いことを十分に理解しておきたいです。
在庫を正しく移動し、報告するための対応が取られるという前提のもとのERPの在庫管理は比較的大きな機能ギャップがなく、導入しやすい分野です。ここでは在庫管理導入時の検討項目と注意点について簡単にまとめます。
2-1.在庫の管理項目
在庫管理導入時に最初に検討するポイントとして、次の3つがあげられます。
- 数量単位
品目の管理単位のひとつとして、まず在庫数量がどういう単位で管理されているのかを目極める必要があります。
- ロット管理/シリアル管理
一般的にロットとは、ある同一の品目を、製造日や製造バッチ、また同じバッチの中でも検査の結果同じ品質であると認められたものなどをグルーピングして番号付けしたものです。これに対してシリアルとは、1点ごとの個品管理に用いられ、ロットや製番との組み合わせで使用されるケースが多いです。ロット管理やシリアル管理の機能は、使用するERPパッケージによって、実現される機能が異なるうえ、ユーザーとなる企業側でも混同されている場合があるため、要件と対応方針を初期段階できちんと見極めておく必要があります。
- 状況区分と場所区分
状況区分とは品目の状態を表すものであり、場所区分は物理的な場所を表すものです。
例えば、状況区分としては、利用可能、品質検査中、不良のような区分があります
中には不良品棚/良品棚のように、場所区分の中に状況を表す区分が含まれています。実際に既存システムの管理方法としては、場所区分だけで状況まで表現しているケースも多く見られます。ERPパッケージの場合はこれらの区分によって制御できる機能が決まっていることがあります。例えば、MRPの計算対象とするか否か、受注時の引当対象とするか否かなどです。
ここで大事なのは、現行の在庫状況や場所区分の組み合わせパターンと、それぞれが制御している機能を洗い出し、パッケージのもつ区分の組み合わせでどう表現するのかを漏れなく決定することです。ここで決めた状況区分や場所区分は、次の在庫移動パターン決定のためのキー項目となります。
2-2.在庫移動と伝票
ERP パッケージの在庫管理機能の特徴は、在庫の移動や状況変化の報告がすべて伝票形式でなされ、その報告が財務会計に関連する場合、在庫移動伝票と同時に会計伝票が作成される点です。
したがって、どのような場合に財務会計に関連し、どのような仕訳がなされるのかあらかじめ設定が必要です。つまり前述の場所区分や状況区分をもとに在庫の移動や振替バターンが定義されており、それぞれがどの勘定コードに連携するのかを在庫管理システムの検討の中で行う必要があります。ERPパッケージの導入では、通常財務会計チーム側で勘定コードの見直しを行いますが、この検討が長引くと在庫管理検討チームが在庫の移動パターンと仕訳パターンの突合せ作業を行うのに間に合わなくなります。そして、それはそのままその後の作業の手戻りとスケジュール遅延の原因となりうる点に注意すべきです。
3.実行系 実績管理
実行系システムの実績管理の目的としては次のようなものがあげられます。
(ⅰ)製造実績の進様を把握し、遅れに対して迅速な対応ができること
(ⅱ)歩留まりや発注点、安全在庫な計画のもととなるデータを適正な値に補正すること
(ⅲ)製造設備の稼働率を把握し、設備の有効活用とムダのない増強計画を策定すること
(ⅳ)製造原価の予実管理に原価差異を分析し、原価低減のための方策を検討すること
ERPに限らず一般的な生産管理システムでも、目的に合致した形で報告さえされていれば、これらのデータは何らかの形で取り出せます。ERP から直接取り出すのが面倒な場合や分析の角度が様々であるような場合は、データウェアハウスの仕組みを利用することも考えられます。
ただし、システムに入れていないデータは取り出すことは当然できません。実續報告における課題でも触れましたが、例えば(ⅲ)のように製造設備ごとの稼働率を把握したければ、把握したい設備ごとに計画も立て、報告も同じ単位で行う必要があります。管理したい単位と計画/報告の単位を合わせることは常に念頭におくべきです。
ここで、(ⅳ)の製造原価について少々補足します。製造指図を指示/報告の単位として使用している品目の場合、製造計画原価は、製造指図書発行時に指図単位に計算されます。また実績原価は実織報告により計算されます。生産管理の中での原価計算は、基本的に直接費の範囲であり、間接費は別途期末に管理会計の機能の中で配賦される仕組みとなっています。
とくにプロセス製造では、ユーティリティをどちらで扱うのかなど、検討が必要となる場合があり、これは会計チームとの擦り合わせポイントのひとつです。また、プロセス系の工場では、期間原価を採用している工場が多くみられますが、ERPのパッケージ機能としては、主要な原価計算機能として標準原価と移動平均原価が採用されているケースが多いです。ERP導入時に期間原価計算方式から標準原価計算方式への変更を余儀なくされる場合もありますが、これについては、追加開発も含め十分な検討が必要です。