標準移行ツール「Migration Cockpit」の基礎知識
INDEX LINK
はじめに
ERP6.0からS/4へのシステム移行を進める企業が増えており、データ移行とシステム切替の重要性が高まっています。
今回は、標準のデータ移行ツールである『Migration Cockpit』について、基本操作や特性を解説します。
また、新規導入プロジェクトでの移行ツール選定に迷っている方のために、実際の使用感やメリット・デメリットも紹介します。
1.Migration Cockpitとは
Migration CockpitはSAP標準のデータ移行ツールです。
よくあるデータ移行ツールと同様に、テンプレートにデータを入力し、SAPにアップロードすることでデータ登録が行われます。
多少のクセや不自由さがありますが、移行ツールとしては非常に有力な候補です。
アドオンで一括投入の仕組みを作るよりも、費用対効果が高いことがその理由ですね。
データ移行フェーズは、複数のチームが連携して本番環境への移行を目指すため、不具合や予期せぬエラーが多発します。
したがって、少しでも効率よく、コストのかからない移行手段を持っておかなくてはなりません。
Migration Cockpitのような標準の移行ツールを上手く活用することで、コストパフォーマンスの良い効率的なデータ移行が可能になります。
2.Migration Cockpitの具体的な実行方法
次にMigration Cockpitの具体的な使い方を見ていきましょう。
Migration Cockpitでは、大枠として以下のようなステップでデータ移行を行います。
ステップ1:Migration Cockpitで、Migration Objectを選択する
ステップ2:テンプレートファイルをダウンロードし、データを入力する
ステップ3:データをテンプレートファイルごとアップロードする
各ステップの具体的な内容はつぎのとおりです。
ステップ1:Migration Cockpitで、オブジェクトを選択する
まず、トランザクションコード「LTMC」を実行してMigration Cockpitを起動しましょう。
Migration Cockpitはブラウザ上で動作するため、旧来のSAP系標準ツールよりも使いやすいはずです。
Migration Cockpitが起動したら、移行対象となるオブジェクトを選択します。
Migration Cockpitでは、100種類以上のマイグレーションオブジェクトが定義されています。
このオブジェクトを選択することで、SAPの標準仕様に即したデータ移行が可能になるわけです。
一例をあげると、得意先や仕入先、品目、BOMといったマスタデータ、購買発注や販売伝票などのトランザクションデータが対象ですね。
ステップ2:テンプレートファイルをダウンロードし、データを入力する
次に、移行したいマイグレーションオブジェクトを選択し、XML形式の移行用テンプレートをダウンロードします。
エクセル形式に変換して作業できるので、作業性は悪くないはずです。
あらかじめ移行データをエクセルで用意しておけば、手動でコピー&ペーストすることで入力が完了します。
テンプレートファイルは複数のシートで構成されており、大体以下3つに分類できます。
・イントロダクション
いわゆる「はじめに」や「Read me」のような位置づけのシートですね。
簡単な操作説明や注意事項が記載してあるので、初めて利用する場合は軽く目を通しておきましょう。
それほど重要なシートではありません。
・項目一覧
テンプレートに含まれる項目やデータの仕様を確認できるシートです。
項目ID、項目長、項目タイプなどが記載されています。
ただし、ここで記載されている項目の仕様はMigration Cockpitでデータ転送を行うための構造に準拠しています。
つまり、SAP ERPの実機にあるデータエレメントなどとは一致していない可能性があるわけです。
この点が唯一の弱点なのですが、現時点では慣れるしかないでしょうね。
・データ入力
実際に移行データを入力するためのシートです。
このツールの「本体」と言えるシート群ですね。
選択したオブジェクトによってシートの内容は変わりますが、複数のシートで構成されるのが通常です。
仕入先マスタをオブジェクトとして選択すると、テンプレート内には、「一般データ」「会社データ」「購買組織データ」「銀行情報」といったシートが含まれます。
これはSAP ERP内の標準テーブルに対応していて、おおよそ1テーブルが1シートで表現されているイメージです。
仕組みが分かればそれほど入力は難しくありません。
実機からダウンロードしたデータをシートに当てはめて入力していきましょう。
ステップ3:データをテンプレートファイルごとアップロードする
テンプレートへのデータ入力が完了したら、あとは実際に移行データをアップロードします。
Migration Cockpitでは、データアップロード作業を「プロジェクト」として定義し、管理する仕様です。
そこでまず、プロジェクトをオブジェクトとして定義し、その中でアップロード作業を行います。
ちなみにデータアップロード後の編集や管理、エラー修正などもこのプロジェクトの中で行われます。
「プロジェクト=データ移行作業を管理する領域」という位置づけで覚えておくと良いでしょう。
また、プロジェクトはクライアント非依存であるものの、他クライアントから参照することはできません。
また、重複投入を防ぐために同一オブジェクトかつ同一キーでの再アップロードは禁止されています。
しかしながら、投入済みのオブジェクトと同じキーのデータを他のクライアントに投入しようとするとエラーになるなど、ちょっと理解しにくい動作があることに注意しましょう。
基本的には「オブジェクト+キー」の組み合わせで重複チェックが働く(クライアント非依存)と考えて良いと思います。
実際の以降ではテスト/リハーサル用のプロジェクトを発行して、何度かのリハーサルを行うので重複エラーは解決できるはずです。
・値変換表で新旧の環境差を吸収
Migration Cockpitの非常に便利な機能として、「値変換表」があります。
値変換表では、新旧システム間で「値としては同一だがコードが異なる」データを比較し、自動的に変換する機能です。
この機能を使うと、新旧の環境差を埋めることができるので、カスタマイズや組織変更によってコードが変更になった場合は、ぜひ活用するようにしましょう。
・ファイル有効化とローディング
実際にファイルをアップロードする場合は、まずファイル有効化を行います。
アップロードファイル一覧から対象ファイルを選択し、有効化を押下しましょう。
また、有効化が完了したら、転送開始を押下します。
転送が始まると、ファイルローディングが行われます。
ファイルローディングでは、フォーマットの整合性チェックを行う「データチェック」と前述の「値変換」が行われ、ここで問題が起きなければ「インポートシュミレート」が開始されます。
インポートシミュレートはSAP ERPにデータが入力された場合のシミュレーションを行う機能で、エラーが頻発する部分です。
「シミュレート→エラー解消」を何度も繰り返すことで不具合の温床を潰すことができるので、根気よく対処しましょう。
エラーが無くなったら、インポートの実行が始まります。
実機環境のマスタデータやトランザクションデータが書き換わるので、正常に終了すれば移行完了です。
3.手順は面倒だが信頼性が高いMigration Cockpit
Migration Cockpitは、SAP ERPの標準テーブルに対応したツールだけに、信頼性がとても高いです。
特に標準部分のデータ移行であれば、最有力候補の一つになり得るでしょう。
ECC6.0→S/4 HANAのように同一のデータ構造が担保されている環境であれば、何も考えずにMigration Cockpitを選択しても良いくらいです。
さらに、開発作業が必要ないので低コストで済むという点も強いですね。
一方で、動作速度に問題があることは否めません。
特に値変換機能は非常に時間がかかりますし、事前に変換値を定義しておく必要があります。
また、SAP ERPをシステムとして理解しているユーザーが担当しなければ、データ移行が進まない点もデメリットですね。
Migration CockpitはSAP ERP標準のデータ構造をそのまま活用するので、データ構造を理解しているレベルの人材が必要になるわけです。
一般的に業務担当者はそこまでシステムを理解していないので、どうしても開発者や情報システム担当者などエンジニアリソースが必要になります。
加えて、上書きや取り消しは不可能なので、「一発本番」になりがちなことも覚えておきましょう。
リハーサルやシミュレーションでのエラーチェックを入念にやり、後工程でデータ定義の変更がないように努めなくてはなりません。
この点が「使い勝手が悪い」と見なされる点ですね。
まとめ
今回はSAP ERP標準のデータ移行ツール「Migration Cockpit」について紹介しました。
実際に動かしてみると特に難しい点はないのですが、データ入力と値変換の作業が面倒だと感じるかもしれません。
一方で、正確に使うことができればとても信頼性が高いので、標準データの移行が主体であれば工数削減に貢献すると思います。
比較的新しいツールなので、ぜひ使い方を身に着けておきましょう。