鍋野敬一郎のSAPソリューション最新動向#08
こんにちは!SAP Freelance Jobs運営事務局です。
弊社では、SAPジャパン株式会社出身で、ERP研究推進フォーラム講師でもある株式会社フロンティアワン 代表取締役 鍋野敬一郎氏をコラムニストとして迎え、「鍋野敬一郎のSAPソリューション最新動向」と題し、SAPのERP製品情報や最新技術情報をお届けしています。
第8回目である今回は、「2025年の崖を越えるリフト&シフト戦略」について取り上げます!
これからSAPに携わるお仕事をしたい方も、最前線で戦うフリーランスSAPコンサルタントの方も、ぜひ一度読み進めてみてください!
【鍋野 敬一郎 プロフィール】
株式会社フロンティアワン 代表取締役
ERP研究推進フォーラム講師
- 1989年 同志社大学工学部化学工学科(生化学研究室)卒業
- 1989年 米国大手総合化学会社デュポン社の日本法人へ入社。農業用製品事業部に所属し事業部のマーケティング・広報を担当。
- 1998年 ERPベンダー最大手SAP社の日本法人SAPジャパンに転職し、マーケティング担当、広報担当、プリセールスコンサルタントを経験。アライアンス本部にて戦略担当マネージャーとしてSAP Business All-in-One(ERP導入テンプレート)立ち上げを行った。
- 2003年 SAPジャパンを退社し、コンサルタントとしてERPの導入支援・提案活動に従事。
- 2005年 独立し株式会社フロンティアワン設立。現在はERP研究推進フォーラムでERP提案の研修講師、ITベンダーのERP/SOA/SaaS事業企画や提案活動の支援、ユーザー企業のシステム導入支援など、おもに業務アプリケーションに関わるビジネスを行っている。
- 2015年よりインダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI):サポート会員(ビジネス連携委員会委員、パブリシティ委員会委員エバンジェリスト)
INDEX LINK
はじめに
今年も残すところ3か月を切りましたが、米中貿易戦争やBrexit(ブレグジット、イギリスの欧州連合離脱)などの影響によって、世界的な景気後退は避けられない様相となっています。2020年度の企業業績は、好調だった2019年度から一転して厳しい結果が予想されます。今後は予想される厳しい環境を乗り切るために、DX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組みが加速すると予想されます。
2019年10月10日にSAPは、2010年から約10年間にわたってCEOを務めたビル・マクダーモット氏の退任を発表するとともに、同日にジェニファー・モーガン氏とクリスチャン・クライン氏が共同CEOに就任したことを発表しています。SAPは新しい体制のもと、さらにエンタープライズシステム市場をリードして行くと期待されています。
ビル・マクダーモット氏は、2003年に設立されたクラウド企業ServiceNow社(サービスナウ)の新CEOに就任予定。
ServiceNowは、企業向けクラウドの管理サービス提供や業務アプリケーションを開発レスで素早く構築できるプラットフォーム(PaaS)に強みを持つ。
※参考記事:SAP前CEOのマクダーモット氏NerviceNowのCEO就任へ
https://japan.zdnet.com/article/35144310/
(図表1、SAPが目指す“インテリジェント・エンタープライズ”とは)
SAPが目指すインテリジェント・エンタープライズの狙いとは
新しい共同CEOのジェニファー・モーガン氏は、SAP AribaやSAP Concurなどクラウドビジネスグループの責任者でした。また、クリスチャン・クライン氏は、SAP S/4HANA製品開発の責任者でした。共同CEOは、今後さらにSAP S/4HANAやこれと連携するクラウド製品群への取り組みが加速していくと予想されます。世界的な景気後退が避けられないと予想されていることから、今後さらに多くの企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)やAI(人工知能)を活用した成長戦略に注力すると思われます。
SAPは、ERPは業務ユーザーの意思決定をするための情報を提供する役割から、単純作業等のルール化できる業務上の意思決定を部分的に代替して行う役割へと進化すると考えているようです。DXによってデジタル技術が業務プロセスとその処理スピードを飛躍的に改革し、ERPや関連するシステムに蓄積された膨大なデータをAIが高速に解析した結果を踏まえて、従来よりも高度で付加価値の高い業務を人間(誰でも出来る)が行えるようにインテリジェント化することが目的です。
ここでポイントになるのが、こうしたインテリジェントなソリューションを利用するためにSAP S/4HANAが必須になるということです。
SAPは、旧バージョンのSAP ERPの保守期限を2025年末としていますが、あと5年間でその期限が来てしまいます。IT部門に関わる人は良くご存知だと思いますが、5年間というのはサーバーなどハードウェアの契約更新が5年毎であるため、次のハードウェアの契約更新までに次の計画策定と実行スケジュールを決めなければならないという意味です。先送りするのは、企業の成長戦略に大きな影響を与えることとなります。
例えば、銀行業界でメガバンクの業績を左右しているのは、システム化やデジタル化だと言うことは良く知られています。異業種のコンビニや流通が新しく銀行を設立して参入しているのは、銀行の勘定系システムがクラウドやモバイルで利用出来ることが大きいと言われています。新しい銀行システムの優劣が、銀行の業績を大きく左右する時代です。
今後システムの重要性は、銀行以外の製造業やサービス産業なども同様に広がると思われ、これを示唆しているのが最近話題となっている「2025年の崖」と呼ばれる経済産業省が公開したDXレポートです。ひと言で言えば、老朽化したレガシーERPでは、2025年以降の成長戦略を実現出来ない可能性が高いという内容です。また、経済産業省はDXを実現化するためのセルフチェックリスト(DX評価指標)を公開しています。
(経済産業省、参考URL:
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/20180907_report.html
https://www.meti.go.jp/press/2019/07/20190731003/20190731003.html )
(図表2、経済産業省「DXレポート」サマリーより)
(図表3、経済産業省「デジタル経営改革のための評価指標」より)
2025年の崖を越える“リフト&シフト戦略”
大半のSAPユーザー企業は、S/4HANAへの移行を望むと考えられますが、条件によって断念せざるを得ないケースが出てくると予想されます。その理由は2つあります。
その理由の1つは、内製化するSAPコンサルタントがユーザー企業に居ないことです。ベンダー丸投げでSAP導入したリスクが顕在化しています。
もう1つの理由は、ユニコード対応の問題です。これは、日本語がダブルバイトであることに起因する問題です。今回のS/4HANAへの移行には、DBをSAP HANAに置き換える必要があるのですが、その前提がユニコード対応です。10年以上前にSAPを導入した企業では、このユニコード対応が出来ていません。
そのため多くのSAPユーザー企業は、DBをSAP HANAへ移行(マイグレーション)してから、ERP部分のSAP ERPをSAP S/4HANAへ置き換える(コンバージョン)の2STEPで行うことになります。
(図表4、SAP S/4HANAへの移行パス、1Step移行と2STEP移行)
こうした状況を踏まえたうえで現実アプローチとして、“リフト・アンド・シフト戦略”を提案したいと思います。恐らく、かなりのSAP ERPユーザー企業は、2STEP移行をしなければなりません。
しかし、2STEP移行は、作業も難しく時間も掛かります。経営や事業部門の説得も簡単ではありません。そこで、まず既存のSAP ERPを身軽にしつつS/4HANAへの移行リスクを洗い出します。まずは、現行SAP ERPをクラウド環境へ持ち上げまするのです。これが“リフト戦略”です。
SAP ERPはAWSやMS-Azureなどクラウド基盤での稼働実績が豊富です。このノウハウを利用して、一度まずクラウドへSAP ERPを“リフト”して、このタイミングでSAPパートナーベンダ各社が提供しているS/4HANAへの移行アセスメント(2週間~1ヶ月間で移行調査レポートが報告)を実施します。オンプレミスのサーバーからクラウド環境へ、インフラ基盤を移行するだけで保守運用コストと手間を減らすことが可能です。この内容であれば、経営への費用対効果の説明もシンプルです。周辺システムの調査は必要ですから、SAPに繋がるインターフェースやアドオンなどの洗い出しと整理を行う準備が出来ます。まずクラウド環境へ持ち上げることで、移行のリスクを減らしてIT要員のSAP経験値を積むことが出来ます。
あとは、S/4HANAへの移行に向けて、アセスメントの報告レポートを使って経営と関係する経理や事業部門を説得します。全社の説得とベンダーの手配が出来たところで、本格的なS/4HANAへの移行計画とスケジュールを詰めて行きます。これが、“シフト戦略”です。クラウド上で、システムをスライドさせるため“シフト”と呼びます。この“シフト戦略”の選択肢はいくつかあります。
SAPのリソースが確保出来ればS/4HANAへの移行プロジェクト(新規導入 or システムコンバージョン)となり。
万が一、これが難しい場合にはさらに2つの選択肢があります。(塩漬け or 他ERPへ乗換)1つは、SAP以外のERP製品へ乗り換えることです。このケースは、ERPに求める機能が会計メインであるならば費用対効果から有効な選択となります。また、もう1つの選択肢は、保守期限切れを承知で塩漬けにすることです。
(図表5、「2025年の崖」を越えるための“リフト&シフト戦略”)
(図表6、“リフト&シフト戦略”によるSAP S/4HANA移行でDXを実現)
今回のまとめ
「SAPの2025年問題」と経済産業省のDXレポート「2025年の崖」は、どちらもレガシーERPに起因するリスクをテーマにしています。その両方が示唆しているのは、老朽化したERPでは、これからの成長戦略を実現出来ないかもしれないという懸念です。SAPのユーザー企業の動向を知るためには、当然SAPのユーザー事例を聞く必要があります。
JSUG(SAPジャパンユーザーズグループ)の年次イベントが、2019年12月6日に予定されています。このイベントは、SAPのユーザーやパートナーで無くても参加可能ですから、SAPの最新ユーザー動向を知る手段として有効です。既に申し込み受付がはじまっていますから、是非ご参加ください。
クラウドコンサルティング株式会社の枠【B-2】で、筆者も登壇する予定です。
(JSUG Conference 2019申込:http://conference.jsug.org/ )