鍋野敬一郎のSAPソリューション最新動向#21
こんにちは!SAP Freelance Jobs運営事務局です。
弊社では、SAPジャパン株式会社出身で、ERP研究推進フォーラム講師でもある株式会社フロンティアワン 代表取締役 鍋野敬一郎氏をコラムニストとして迎え、「鍋野敬一郎のSAPソリューション最新動向」と題し、SAPのERP製品情報や最新技術情報をお届けしています。
第21回目である今回は、「SAPで実現する製造業DX、ERPとMESの垂直統合の実現(その2)~SAPの製造ソリューション、ERP+MESの先進事例とその狙いについて~」について取り上げます!
これからSAPに携わるお仕事をしたい方も、最前線で戦うフリーランスSAPコンサルタントの方も、ぜひ一度読み進めてみてください!
【鍋野 敬一郎 プロフィール】
株式会社フロンティアワン 代表取締役
ERP研究推進フォーラム講師
- 1989年 同志社大学工学部化学工学科(生化学研究室)卒業
- 1989年 米国大手総合化学会社デュポン社の日本法人へ入社。農業用製品事業部に所属し事業部のマーケティング・広報を担当。
- 1998年 ERPベンダー最大手SAP社の日本法人SAPジャパンに転職し、マーケティング担当、広報担当、プリセールスコンサルタントを経験。アライアンス本部にて戦略担当マネージャーとしてSAP Business All-in-One(ERP導入テンプレート)立ち上げを行った。
- 2003年 SAPジャパンを退社し、コンサルタントとしてERPの導入支援・提案活動に従事。
- 2005年 独立し株式会社フロンティアワン設立。現在はERP研究推進フォーラムでERP提案の研修講師、ITベンダーのERP/SOA/SaaS事業企画や提案活動の支援、ユーザー企業のシステム導入支援など、おもに業務アプリケーションに関わるビジネスを行っている。
- 2015年よりインダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI):サポート会員(総合企画委員会委員、IVI公式エバンジェリスト)
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はじめに
前回は、SAPの製造業DXの1つであるERP+MESの垂直統合モデルについて、その機能構成とデル構築についてご説明しました。SAPがなぜERPにMES機能を備えているのか、またERP+MESの垂直統合モデルによる価値についてSAPジャパンブログに記事がありますので、ぜひご一読頂くことをお勧めします。さて今回は、その先行事例についてご紹介したいと思います。今回は、4つの事例をご紹介いたします。
ドイツ再生紙メーカーのスタインベイス社のERP+MES導入事例について
ドイツのハンブルグ近郊にある製紙メーカーのスタインベイス社は、毎年約30万トンの再生紙を生産しています。その工場では、事務用紙、雑誌用紙、デジタル印刷用紙などを製造しています。以前より環境への影響が少ない経営を目指していて、1976年から原材料を木材パルプから100%古紙に転換して再生紙メーカーとなりました。基幹システムは以前よりSAP ERPが導入されていました。工場の製造実行システム(MES)にはシーメンス社のシステムなどが導入れています。スタインベイス社は、経営システム(ERP)と工場システム(MESなど)のデータを統合するために、SAP MIIを導入するとともに、SAP HANA Platform(SCP)に工場データを収集してデータレイクを構築しています。このデータを活用して生産関連データの見える化をSAP Analytics Cloudで実現しています。これによって、サステナブルな再生紙生産におけるコスト効率の最適化を追求しています。このプロジェクトは、SAPイノベーションアワード2021を受賞しています。
三井金属鉱業グループがスマートファクトリー化プロジェクトを開始
三井金属鉱業は、銅箔事業の生産工場を効率化するため、「SAP Cloud Platform」などのSAPジャパンのソリューションを活用した「スマートファクトリープロジェクト」を展開して、2019年12月末より稼働開始したと発表しています。このSAPシステムは、三井金属鉱業の主力事業の1つである銅箔製品の生産管理において、これまで熟練社員が行っていた計画立案、加工、検査、出荷作業を、工場運営業務の視点から高度化、効率化、自動化、可視化することを目的としたプロジェクトです。SAP Cloud PlatformおよびSAP Leonardoなどのソリューションを導入したシステムを開発しています。従来は、技術習得に10年必要だった製品検査処理や加工処理を、画像解析および機械学習によって自動化した仕組みを構築しています。また、受注データから製造データ、検査データまでシームレスに業務とデータが連携することで、製品品質管理の高度化および歩留まりの向上を実現しています。
日機装が透析装置の製造現場にSAP ERP+SAP ME/MIIで垂直統合を導入
日機装は、透析装置を製造している金沢製作所メディカル工場にSAP ERP+SAP ME/MIIを導入しました。日機装では、各国ごとに異なる透析装置のレギュレーション(法規制)へきめ細かく対応することがその目的です。具体的には、これまでの紙ベースのものづくりから脱却して、ペーアーレス化とトレーサビリティの強化を図るためです。日機装では、既に導入していたSAP ERPと連携して、計画生産のみならず受注生産にも応えるバリアントコンフィグレーション対応を実現することが可能となり、業務フローを新しく作成して業務の標準化、現場の見える化を実現することで大幅な工数削減を見込んでいます。SAP ME/MIIを採用したポイントは、製造設備との連携による製造、検査データの自動収集も評価ポイントでした。
<SAP ME/MII採用の5つのポイント>
- 基幹システムとMESの連携における開発工数の最小化
- 医療機関ごとの仕様に応じる受注生産と計画生産の両方に柔軟に応えるバリアントコンフィギュレーションへの対応
- 現場の見える化の実現
- 電子記録における記録改ざんの防止
- 効率的なシステムの導入
I-PEX社のクラウドによるERPとMESの垂直統合
I-PEX(旧社名:第一精工)は、京都市に本社を奥電子部品、自動車部品、精密部品のメーカーです。2010年4月から国内外拠点と連結子会社を含む21社の基幹システムとして「SAP ERP」を稼働させています。グローバルで1つのインスタンスを使い、ビジネスプロセスを統一して運用しています。現在運用中のSAP ERPを、現行バージョンの「SAP S/4HANA Cloud」に移行する予定で、2022年初めの稼働開始を目指しています。I-PEXで常務取締役技術開発統括部長を務める緒方健治氏は、まずはプライベートクラウドに移行してからいずれパブリッククラウドへ移行する理由について、「プライベートクラウドでもS/4HANA部分はSAPジャパンに保守してもらえるが、パブリッククラウドであれば、バージョンの違いなどを意識せずに使えるようになることを期待した」と説明しています。
グローバル基幹システムのS/4HANA Cloudへの移行と同時に、MES(製造実行システム)を「SAP Digital Manufacturing Cloud」(SAPのクラウドMES)に刷新するプロジェクトを進めている。ERPが担うサプライチェーンと、製品の企画・設計・生産準備・製造・品質記録といったエンジニアリングチェーンをグローバルで同期し、品質・コスト・納期の管理を共通化する。MESについては、MESの標準化をコンパクトに実施できると判断し、SAP Digital Manufacturing Cloudの導入を決めた。モデル工場1拠点で2022年1月より稼働させる予定です。
SAPのクラウドMES「SAP Digital Manufacturing Cloud」を採用した理由として、「SAP S/4HANA Cloudをコアに据えて周辺システムとシームレスに連携するなら、パッケージ製品であるSAP Digital Manufacturing Cloudを利用すれば、より簡単にデータを取得でき、さまざまな指標をわかりやすく表示できると判断しました。当社が国内ファーストユーザーとのことでしたが、今後海外工場までMESを横展開していくならクラウド製品以外の選択肢は考えられず、ぜひ挑戦したいと思います」と説明しています。今回、計画系のERPと実行系のMESの垂直統合を目指す同社が、モデル工場で最初に取り組もうとしているのが稼働状況の可視化です。工場内の設備や、生産ラインで製造や検査にあたる作業員の稼働データをIoTセンサーで取得し、SAP Digital Manufacturing Cloud上で可視化することで進捗状況、実績、品質、生産性などを把握する計画です。稼働率やパフォーマンスなどのデータは、SAP S/4HANA Cloudの需給計画や生産計画にフィードバックし、調達から製造、出荷、販売までのプロセスを効率化することで、在庫の削減やリードタイムの短縮を目指しています。
今回のまとめ
今回は、SAPユーザー企業におけるERP+MESの事例をご紹介しました。いずれの企業もSAPを製造業DXの中心として業務の標準化と業務プロセスの革新による飛躍的な効率化を積極的に狙った事例です。いずれの事例も先進的な事例ですが、重要なポイントは企業独自のデータとそのデータを利用する人が他社との競争優位性を生む中心であるという考え方です。パッケージシステムやクラウドサービスは他社も利用できることから、グローバル標準化した仕組みのSAPシステムは差別化の対象にはなりません。企業の差別化は、個別データとそのデータを利用する人によって生まれます。製造業DXを目指す企業にとって、SAPが提供するERP+MESの垂直統合モデルはデータ駆動型サービスプラットフォームを実現する有効な手段だと考えていることが分かります。