SAP ERP業界でテンプレート導入が増え続ける理由
INDEX LINK
はじめに
日本のSAP ERP業界は、標準機能をそのまま使うという考えが希薄でした。
しかし、2010年代に入って徐々に変わり、S/4 HANAが主流となった現在は「フィット・トゥ・スタンダード」が大々的に謡われています。
フィット・トゥ・スタンダードは言わば「自社業務をシステムの標準機能に合わせる」ことです。これまで日本企業が苦手としていた手法が、なぜ今注目されているのでしょうか。
今回はフィット・トゥ・スタンダードが注目される理由と、それを支えるテンプレート導入について解説します。
1. 「フィット・トゥ・スタンダード」の流れがより強く
S/4 HANAの普及とともに、従来のカスタマイズ・アドオン前提の導入手法から、「標準機能をできるだけ活かす」手法へと移行が進んでいます。
この手法が「フィット・トゥ・スタンダード」です。フィット・トゥ・スタンダードは、SAPのERP製品の標準機能やテンプレートを活用し、自社の業務プロセスをそれに適合させることで、導入の手間とコストを最小限に抑えます。
「標準機能を活用する」ためには、当然のことながら「業務をSAP ERPの機能に合わせる」ことが必要です。こうした考え方は、以前から根強く存在していたものの、大々的に謡われることはありませんでした。しかし、2010年代終盤から徐々に目にする機会が増え、今ではS/4 HANA導入の大前提として語られるほどです。
日本企業の多くは業務プロセスの変更を好まず、「システムを業務に寄せる」ことを前提としたシステム開発が大半でした。SAP ERP業界で当たり前のように行われていた「標準機能にアドオン画面を被せる」「標準機能の一部を利用しながらフルアドオンで機能を作る」といった手法は、まさに「業務は変えない」ことを前提としたものです。
高機能なパッケージ製品でありながら、フルスクラッチ並みの造りこみができるというSAP ERPの評価は、日本企業の慣習によって作り上げられたものといっても過言ではありません。
ではなぜ今、フィット・トゥ・スタンダードが持てはやされるようになったのでしょうか。
2. フィット・トゥ・スタンダードは諸問題への処方箋である
2025年問題や2027年問題という言葉は、SAP ERP業界で活躍する方なら一度は耳にしたことがあるかと思います。これらは端的に言えば「EOSと人手不足」に関する問題です。
2025年問題(2027年問題)とは、SAP ERP 6.0の保守期限切れが迫っていることと、それに付随するアップグレードや運用保守の課題を指します。
保守期限切れが到来する前に、ERPシステムの刷新やSAP S/4HANAへの移行が必要とされており、多くの日本企業がこの課題に取り組んでいます。
一方、10年ほど前から徐々に顕在化していた人手不足は、近年ますます進行し「SAP ERP業界の急激な需要増を吸収できないのではないか」という懸念につながりました。
実際にエンジニアやコンサルタントは不足していて、重厚なアドオン開発に耐えられるほどの人手を集められないプロジェクトもあるようです。
つまり、「業務にシステムを合わせる」ことを前提とした導入手法では、期限までにシステムが立ち上げられないリスクがあるのです。
フィット・トゥ・スタンダードが注目されるのは、こうした「時間と人手」に関する問題が背景にあるからでしょう。
フィット・トゥ・スタンダードでは、標準の機能やテンプレートを使用して導入を進めるため、人手不足の影響を最小限に抑えることができます。
また、フィット・トゥ・スタンダードは、ERPシステムのクラウド化にも適しており、ハードウェアインフラの調達や保守・運用管理の負担を軽減する効果もあります。
2-1. フィット・トゥ・スタンダードの利点
ここで簡単にフィット・トゥ・スタンダードのメリットを整理してみましょう。
・コストと工期の削減
SAP ERPには豊富な機能が標準で備わっており、これらを最大限に活用することで開発工数を削減することができます。また、テンプレートを使用することで、業務プロセス変更の負荷を軽減しつつ、工期も短縮も狙えます。
・システムの最新化と運用の効率化
フィット・トゥ・スタンダードの手法では、SAPのERP製品の最新機能やアップデートを積極的に活用します。
S/4 HANAはクラウド/オンプレミスのどちらにも対応していますが、クラウドに寄せることで最新のテクノロジーを使った機能強化が自動的に行われ、ユーザーはアップデートのために手間をかける必要がありません。
・プロセスの合理化と効率化
グローバルで競争力を維持するためには、効率性においてグローバル水準の業務プロセスを構築する必要もあります。SAP ERPの標準機能に合わせることで、業務プロセスの効率化・自動化が進み、グローバルな水準を維持することが可能になるかもしれません。
つまり、フィット・トゥ・スタンダードの手法を採用することは、自社の業務プロセスのグローバル化を促進するという側面があるわけです。
・システムの柔軟性と拡張性を確保
フィット・トゥ・スタンダードの手法では、カスタマイズやアドオン開発を最小限に抑えることが求められます。カスタマイズやアドオンは言い方を変えれば「独自化」「ガラパゴス化」につながり、柔軟性や拡張性を失ってしまうこともしばしばです。
しかし、変化の激しい近年のビジネス環境に適合し続けるためには、柔軟で拡張性のあるITシステムが必須です。フィット・トゥ・スタンダードによって標準機能の割合を維持しておけば、将来的なアップグレードや拡張が容易になるでしょう。新たな業務要件の発生やビジネストレンドの変化にも対応しやすくなります。
3. フィット・トゥ・スタンダードによるテンプレート構築
このようにフィット・トゥ・スタンダードはもはや時代の潮流であり、流れに逆らうことは難しいでしょう。ERP業界以外でも「機能に業務を合わせる」という考え方は広まっていて、CRMベンダーなどでも「造りこみをやめよう」と宣伝しているケースがあります。
しかし、SAPは海外で成熟したパッケージであり、日本企業のニーズに完全には応えられていない部分があることも事実です。いくらフィット・トゥ・スタンダードを叫んだところで、この差分を埋めない限りは「使えるシステム」は出来上がりません。
こうした、フィット・トゥ・スタンダードと日本企業の実情の差を埋めているのが「テンプレート」です。
3-1.SAP ERP業界におけるテンプレートの役割
テンプレートとは、特定の業種や業務プロセスに対してあらかじめ最適化されたパラメータ設定や機能をまとめたものです。近年のSAP ERP業界におけるトレンドのひとつであり、「導入テンプレート」や「業界別テンプレート」といった名称で提供されることが多いですね。
テンプレートは、ERP導入ベンダーやSAP社などが開発し、業界や業種ごとに必要なカスタマイズが施されています。テンプレートを活用することで、導入企業は短期間で最適な機能を導入し、導入にかかる時間や費用を削減することができるわけです。
このテンプレートですが、フィット・トゥ・スタンダードを促進するという側面があります。以前のテンプレートはベンダー各社が構築した機能群でしたが、近年はフィット・トゥ・スタンダードのアプローチによってテンプレートを構築するケースも増えているようです。
フィット・トゥ・スタンダードもテンプレートも、「工期圧縮」「工数削減」という効果があります。
しかし、まっさらな状態からフィット・トゥ・スタンダードをやろうとすると、Fit/Gap分析や影響調査、業務プロセス変更などでアドオン開発以上の工数がかかるリスクもあるわけです。このリスクを軽減し、よりフィット・トゥ・スタンダードの実現性を高めるものとしてテンプレートが活用され始めています。
3-2. フィット・トゥ・スタンダードで構築されるグローバルテンプレート
実はこの「フィット・トゥ・スタンダードでテンプレートを構築する」という手法は、SAP公式サイトでも紹介されています。※1
※1参考:世界をひとつに Fit to Standardアプローチによるグローバルテンプレート構築
上記資料によれば、フィット・トゥ・スタンダードで構築されるグローバルテンプレートを活用することで最大30%の時間削減効果があるとのこと。テンプレート化された機能群を使うことで、上流工程における要件の整理・開発と実装・テストなどが短縮されることがその理由でしょうか。
ちなみにこのテンプレート導入を成功させるための要因としては、
・現状ではなくあるべき姿(To Be像)と比較して差分を洗い出す
・IT側および業務側のリーダーが業務の標準化に積極的である
・各国法要件や企業の独自要件などは無理にSAPで実現しない
などが挙げられています。
ここで注目したいのは3つ目ですね。
S/4 HANAは連携を前提としたパッケージですから、SAPの外で行われた処理に対しても比較的柔軟に対応することができます。SAPに限らず、近年のクラウドシステムは疎結合を重視しているため、パーツとして用意しておけばいつでも自由に組み合わせられる、という運用が可能です。
したがって、無理にすべてをSAP ERPでカバーする必要はなく、「コアな部分はSAPのテンプレート導入でカバーし、追加要件は外部システムとの疎結合で賄う」という手法がとりやすいわけです。
4. 標準機能への理解がますます重要に
ここまでの内容を簡単にまとめると、
・フィット・トゥ・スタンダードの流れは今後も続いていく
・フィット・トゥ・スタンダードの難しさを緩和する方法としてテンプレートが活用される
・フィット・トゥ・スタンダードアプローチによるテンプレート構築および導入が増える
という具合に、テンプレート導入が増え続けている理由が見えてきます。
すでにお気づきかと思いますが、フィット・トゥ・スタンダードでのテンプレート導入が進むと、エンジニアやコンサルタントには、これまで以上に標準機能に対する理解が求められるでしょう。
これまでアドオン開発の経験が中心で、「標準機能は一部のモジュールの限られた部分しか知らない」という方は、決して少なくないはずです。
フィット・トゥ・スタンダードとテンプレート導入が進む今、ぜひもう一度SAP ERPの標準機能を学びなおすことをおすすめします。
SAP ERPの標準機能を理解するためには、オンライン学習によって知識を得たり、自宅に勉強のための環境を作ったりと、さまざまなアプローチが必要です。
また、より多くのプロジェクトを経験することで、標準機能の使い方を習得することもできます。旺盛な人材需要が見込まれる今後数年は、将来的に役立つ知識を身につけるチャンスです。
弊社ではSAP人材とプロジェクトをつなぐサービスを提供しています。ご興味がありましたら、是非お気軽にお問い合わせください。