S4 HANA CloudでABAPが解禁?それぞれのエディションで何が可能なのか
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はじめに
S/4 HANA Cloudは、2023年秋時点でパブリッククラウド版とプライベートクラウド版が存在しています。
一般的なクラウドサービスと同様に、パブリッククラウド版は安価であるものの、制限が多く拡張性が低い点がネックでした。
しかし2022年秋からABAPによる一部拡張が可能になったことをご存じでしょうか。
今回は、SAP S/4 HANA Cloudにおける拡張について紹介します。
1.SAP S/4 HANA Cloudの特徴
まず、SAP S/4 HANA Cloudの概要についておさらいしておきましょう。
SAP S/4 HANA Cloudは、2016年の登場以来、その柔軟性と効率性で注目を浴びています。
2023年9月現在、主に以下の2つのエディションが利用可能です。
SAP S/4 HANA Cloud Public Edition: パブリッククラウド向けのエディションで、標準機能を最大限に活用する「Fit to Standard」のアプローチを採用しています。
近年では、In-APP拡張、Side-by-Side拡張、そして注目のABAPによる拡張開発が可能になりました。
SAP S/4 HANA Cloud Private Edition: プライベートクラウド向けのエディションで、オンプレミス版と同等の拡張性が可能とされています。
In-APP拡張、Side-by-Side拡張、ABAPによる拡張開発が可能です。
2.SAP S/4 HANA Cloudでの開発者拡張
SAP S/4 HANA Cloudでは、2022年から開発者が独自の拡張を行えるようになっています。
具体的には2022年以降、ABAPによる開発がサポートされました。
ただし、クラウド特有の制約や実装ガイドラインをまとめた「クラウド開発モデル」に留意する必要があります。
クラウド開発モデルでは、SAPオブジェクトの活用方法に制限があったり、クラウド特有のABAP構文の使用が求められたりと、従来のSAP ERPとは異なる知識が必要だからです。
それでは、SAP S/4 HANA Cloudで可能な3つの拡張方法をもう少し詳しく見ていきましょう。
2-1.In-APP拡張
In-APP拡張は、SAP Fioriアプリケーション内での拡張を指します。
開発者は、既存のSAP Fioriアプリケーションに新しいフィールドや機能を追加することができます。
具体的な手順は、SAP Web IDEを使用して拡張プロジェクトを作成し、必要な拡張を行います。
2-2.Side-by-Side拡張
Side-by-Side拡張とは、SAP Fioriアプリケーションの隣に新しいアプリケーションを構築し、それを既存のSAP S/4 HANA Cloudに統合する方法です。
新しい拡張アプリケーションは独立して開発およびデプロイされ、APIやイベントを介して既存のシステムと通信します。
迅速に、かつ既存のプロセスを変更せずに新しい機能を組み込むことができます。
2-3.ABAPによる拡張開発
2022年からSAP S/4 HANA Cloud Public Editionで可能になった拡張方法です。
SAP固有のプログラミング言語であるABAPを活用し、SAP Fioriアプリケーションやデータモデルを拡張できます。
ただし、クラウド環境においては、クラウド特有のAPIやベストプラクティスに沿った実装が求められます。
開発者は、Cloud専用バージョンである「ABAP for Cloud Development」やSAP Fiori elementsを駆使して、新しい機能を統合できます。
3.SAP S/4 HANA Cloudの導入メリット
SAP S/4 HANA Cloudを導入すると、以下のようなメリットが期待できます。
3-1.迅速で手頃な導入
特にPublic EditionはSaaSとして提供され、基本機能のみを選択して利用できるため、初期の構築にかかる手間とコストを最小限に抑えることができます。
現在のERP業界は、「基幹業務に関する機能を丸ごと全部入れよう」という考え方から脱し、クライアントが望むものを自由にチョイスし、あまり手を加えずに使ってもらおうという考え方にシフトしています。
SAPに限らず「作りこまず、うまく活用する」ことがトレンドなのです。
こうしたトレンドにPublic Editionは上手く乗ったと言えるのではないでしょうか。
3-2.イノベーションサイクルの恩恵を受けやすい
SAP S/4 HANA Cloudでは、新しい技術や機能」「機能改善」を定期的に受けられることもメリットです。
特にPublic Editionでは毎月のシステムアップデートと年2回のシステムアップグレードが必須とされています。
ちょっと頻繁な気もしますが、裏を返せば常に新鮮な状態が維持されるわけです。
3-3.標準に適合しつつ柔軟に拡張
標準の機能を最大限に活用しながら、In-APP拡張やSide-by-Side拡張、そしてABAPによる開発によって必要な拡張性を確保できます。
3-4.運用の簡素化
クラウド移行により、運用における調整や作業が効率的になります。
5年に1回程度が一般的だった従来型のERPに比べると、アップデート回数が多いので大変そう……と感じるかもしれませんが、そもそもSaaS型ですのでコアな部分はベンダー側で保障されています。
ですから、実際の工数はだいぶ削減され、運用面負荷の低減が期待できます。
3-5.将来の拡張性の確保
SAP S/4 HANA Cloud はSAP社一推しのソリューションであり、今後は頻繁なアップデートが期待できます。
追加の拡張機能やサービスの提供をうけつつ、APIを介した機能ベースの統合が可能になるため、長い目で見れば安定したソリューションになりそうです。
4.SAP S/4 HANA Cloudへの移行の課題
最後に、SAP S/4 HANA Cloudへの移行における課題をまとめておきます。
・カスタムコードの修正が必要
カスタムコード、つまりアドオンのロジックについて修正が必要になる可能性が高いです。
既存のオンプレミス型SAPシステムからの移行には、アドオンプログラム全体の見直しや標準機能との連結方法を見直す必要が出てくるでしょう。
当然のことながら、影響調査と修正ポイントの抽出に多大な労力が必要です。
この点をどう克服できるかで、SAP S/4 HANA Cloudへの移行難易度は何倍も変わってくると思います。
・SAPが提供するプロジェクトフェーズに準拠する必要がある
こちらは確定的な情報ではありませんが、SAP S/4 HANA Cloud で公式からのサポートを受けるためには、SAP社が定めたプロジェクトフェーズに準拠して移行を進める必要がるそうです。
つまり、従来のプロジェクト運営と異なる進め方が求められるわけで、この点はやや窮屈かもしれません。
まとめ
SAP S/4 HANA Cloudは、SAP R/3(ECC6.0)を採用している企業にとって魅力的な選択肢です。
特にPublic Editionは、開発者拡張の提供により、導入を検討する企業が増えていくかもしれません。
Public Editionへの需要が高かったためにABAPによる拡張を実装したと予測されますし、SAP社でも力を入れてプッシュしていく気がします。
一方、アドオンを多用しているようなオンプレミス型のシステムからの移行では、それなりにコストと手間がかかりそうです。
しかし、クラウド開発モデルをはじめとして、プロジェクトに参加する側としては得るものが多いような気がします。
SAPコンサルタント/エンジニアとしてキャリアを積んでいく場合、SAP S/4 HANA Cloudは避けて通れない道になりそうです。
オンプレミスの時代が本格的に終焉する前に、SAP S/4 HANA Cloudの2つのエディションについて十分な知見を得ておきたいですね。