一般的な「ERP」とSAPが目指すERPとの違い
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はじめに
ERPといえば日本語では「企業資源計画」と表現されます。
しかし、実際には基幹業務システムとしてのERPのほうが有名ですよね。
さらにSAP社が近年示しているERPという概念は、従来のERPとは少し異なる意味を持っているようにも感じます。
そこで今回は、一般的なERPとSAP社が目指すERPとの違いをまとめてみました。
1.一般的なERPの機能と位置づけ
まずERPを一般論として解説します。
SAP界隈の方であれば当然知っている内容だとは思いますが、SAP特化になるあまり、意外に知らないこともあるので体系化しておきましょう。
ERPシステムは、組織の主要なビジネスプロセスを統合し、効率化するための包括的なソフトウェアソリューションです。
一般的なERPシステムは、企業のさまざまな部門や業務を一つの統合されたシステムにまとめ、データの一元化とプロセスの自動化を目指します。
その意図は、「組織全体の透明性を高めること」「意思決定が迅速かつ正確に行えるようになること」です。
よく「ERP=基幹業務システム」という方がいますが、本来の目的は基幹業務の効率化やデジタル化ではなく「企業内の資源の可視化」および「資源運用の最適化」です。
結果的に基幹業務が効率化されるというだけであって、これは今も変わりません。
1-1.一般的なERPの主要機能
次に、一般的なERPの主要機能です。
こちらもお馴染みの内容ではありますが、近年はCRMの要素も盛り込まれることが多いので注意が必要です。
・財務管理
会計、財務報告、支払いなど財務に関わる全てのプロセスを管理します。
財務状況の透明性を高め、規制遵守をサポートします。
・販売管理
発注管理、受注管理などを行い、在庫購買管理との連携によって商品の移動を可視化します。
・生産管理
生産計画、スケジューリング、品質管理など、生産業務に関連する全ての側面をカバーします。
生産効率の向上とコスト削減に貢献します。
生産管理に関しては独自のシステムを持つ企業が多く、日本での導入はそれほど多くありません。
しかしERPの原型ともいえるMRPなど、非常にコアな部分は生産管理で占められており、実は重要な機能です。
・人事管理
近年、急速に存在感を増してきた機能ですね。
従業員情報の管理、給与計算、採用、人事評価、研修管理など、人材に関する全プロセスを統合します。
最近は単なる人事給与機能のみならず採用や社員のパフォーマンス計測に特化した機能も付与されるようになりました。
・在庫・購買管理
製品在庫やサプライヤーから購入した部品在庫、購買発注、契約管理、倉庫管理など、在庫購買に関する全ての活動を可視化する機能です。
・顧客関係管理(CRM)
本来ERPとは別のソリューションでしたが、近年はERPの中に組み入れられるようになっています。
というよりもERPとCRMの境界線が曖昧になりつつある、と表現すべきかもしれません。
顧客データの管理、販売プロセス、顧客サービスの最適化など、顧客との関係を強化するための機能です。
1-2.一般的なERPの位置づけ
ERPシステムは、企業のバックオフィスとフロントオフィスの両方の活動を統合し、異なる部門間での情報の共有とプロセスの最適化を促進します。
レガシーシステムによるデータのサイロ化を解決し、ビジネスプロセスの透明性と効率性アップに寄与するシステム、というのがERPの位置づけではないでしょうか。
また、ERPは戦略的意思決定の支援ツールとしても重要な位置を占めます。
リアルタイムのデータと分析機能を提供することで、経営陣はデータドリブンな意思決定を行うことができます。
総じて、ERPシステムは、企業運営をより効率よく行うための中核的なツールとして位置づけられています。
2.SAPによるERPの位置づけ
SAPではこれら一般的なERPではなく、独自の観点から「デジタルコア」としてのERPを提唱しています。
SAP社が提唱する「デジタルコア」という概念は、端的に言えば「現代のビジネス環境において、企業の中心となるITインフラ」を指します。
従来の企業内システムはERPを中心とした業務システムで構成されていました。
今後もこの流れは変わらないものの、「ERPですべてをまかなう」ことが難しくなっています。
なぜなら、近年の企業向けITは「AI」や「IoT」など先端技術の吸収が不可欠であり、自社で独自に構築することが難しいものばかりだからです。
そこで、ERPを「デジタルコア」として位置づけ、その周辺にさまざまな先端技術を配置し、相互に連携させることで高度な企業内システムを実現しようという動きがあります。
2-1.SAPが提唱するデジタルコアとは
SAPが提唱するデジタルコアをまとめると、以下のようになります。
・中心はERP
デジタルコアの中心には、統合されたERPシステムがあり、財務、人事、製造、サプライチェーンといった企業の主要なビジネスプロセスを一元的に管理します。
この点は従来のERPと変わりません。
・予測・最適化が必須に
一方で、従来のERPには求められなかった「予測」や「最適化」に関する機能が必須とされます。
例えばSAP S/4 HANAではインメモリデータベースを用いた高速処理を売りとしています。
この高速処理によってリアルタイム性を向上させるだけではなく、予測や最適化にかかる能力を確保しているわけです。
2-2.もうひとつの理想像「インテリジェント・エンタープライズ」
デジタルコアに加えてもうひとつ、SAPが提唱するERPの姿として「インテリジェント・エンタープライズ」があります。
SAP社によると、このアプローチは以下の三つの主要な構成要素によって支えられています。
・デジタルコア:「SAP S/4HANA」と連携するアプリケーション群
インテリジェントエンタープライズを構成する一つ目の要素は、「外部ソリューションとの連携」です。
「SAP S/4 HANA」を核として、さまざまな機能を外部システムによって拡張・強化するというのが具体的な姿となっています。
・SAP S/4HANA
エンタープライズリソース計画(ERP)システムの次世代版で、ビジネスプロセスの効率化とリアルタイムのデータ分析を可能にします。
・SAP Customer Experience (旧 SAP C/4HANA)
顧客関係管理(CRM)機能を拡充し、顧客体験を向上させます。
・SAP Ariba
購買プロセスとサプライチェーン管理を効率化します。
・SAP SuccessFactors
人材管理と従業員のエンゲージメントを最適化します。
・SAP Fieldglass
外部労働力とサービスの管理を強化します。
・SAP Concur
旅費と経費管理プロセスを合理化します。
2-3.社内外のビッグデータ統合基盤および外部IoTデバイスとの接点
2つ目の要素は、企業が外部のデータソースと内部データを統合し、全体的なビジネスインテリジェンスを強化することです。
外部のデータソースの定義が曖昧なのですが、ここでは「IoTデバイス」と理解しておけば間違いないでしょう。
IoTデバイスの活用は主に製造業で進んでいますが、今後は物流やサービス業に拡大するとみられており、重要な情報資産をもたらすことは間違いありません。
この情報資産を内部に蓄積したデータとミックスすることで、業務改善や経営判断の精緻化につなげようというのが意図のようです。
2-4.インテリジェンスと自動化を促進する「SAP Leonardo」などのテクノロジー
3つ目の要素は、「SAP Leonardo」をはじめとした、IoT、機械学習、ブロックチェーンによるビジネスプロセスの革新です。
これについては日本でどの程度受け入れられるのか未知数ですが、少なくともIoTと機械学習については今後も導入が拡大していくはずですから、日本企業も無視できないでしょう。
3.デジタルコアとインテリジェント・エンタープライズが何をもたらすか
ここまでの内容から、
・SAPが想定するEPRは「デジタルコア」と「インテリジェントエンタープライズ」としての側面がある
・ERP単体ですべてをまかなうのではなく、周辺システムとの連携によって必要な機能を獲得していく
といったことが理解できると思います。
では、こうした流れを受けて、SAP界隈の人材は何を意識して働くべきなのでしょうか。
個人的な見解になりますが、今後は「作りこみ」の割合が減っていくと考えられます。
また、「ビジネスプロセスの把握」と「標準機能の組み合わせによる実現力(実装力)」が重視されていくでしょう。
Fit to Standardがどこまで続くかは疑問ですが、SAPに限らず、多くのITシステムベンダーは「標準機能の高度化」「追加開発やカスタマイズ工数の低減」をテーマにしていることは間違いありません。
さらに、グローバル企業の多くは、ERPをはじめとした企業向けITを「標準のまま」使うことに抵抗がありません。この点が日本にも広まっていくと考えられます。
3-1.標準機能の理解がますます重要に
月並みな結論ですが、SAP界隈で働き続けるのであれば、「標準機能の把握」はこれまで以上に重要になるはずです。
注意したいのは、ERP(つまりS/4 HANA)のみならず、周辺システムの標準機能についても理解する必要があるということ。
特にC/4 HANAやAriba、SuccessFactorsなどはERPの主要機能を拡張する存在です。
もしこれらのソリューションに触れる機会が無いのであれば、オンライン学習やアカデミーをフル活用して基礎知識を身につけておきましょう。
また、さまざまなプロジェクトを経験してこれら周辺ソリューションの理解を深める方法もあります。ぜひキャリア形成の参考にしてみてください。