「S4 HANAでクラウド化」No.6 SAP HANAへのデータ移行で対象となるデータと流れとは
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■はじめに
S/4 HANAをクラウド上に構築する際に重要となるのはデータ移行です。既存のSAPから新しいS/4 HANAにデータを移行しなければ、S/4 HANAを導入しても業務を引き継げなくなってしまいます。
ただ、SAPに限らずシステムのデータ移行は非常に問題が起きやすく、検討に時間を要してしまう部分です。今回は既存のSAPをクラウド上のS/4 HANAへ移行したい場合、データ移行についてどのような理解を持っておけば良いのかご説明します。
1.S/4 HANAのデータ移行とは
現時点でSAPを利用しているならば、S/4 HANAへデータ移行をしなければなりません。新しくクラウドにS/4 HANAを構築してデータ移行をしなければ、まっさらなSAPが構築されてしまいます。このようなSAPを利用する方針もありえますが、一般的には既存のSAPからデータを移行しなければなりません。
データを移行する理由は単純で、既存のSAPで行っている業務を引き継ぐためです。データ移行しなければSAPに登録されているデータがなくなってしまい、それまでの業務が引き継げなくなります。例えば、在庫情報の移行をしなければ、商品の出荷ができなくなってしまうのです。
SAPを移行するならばデータ移行はつきものです。具体的にどのようなデータを移行しなければならないのか、以下で確認しておきましょう。
2.S/4 HANAへ移行する4つのデータ
S/4 HANAへ移行しなければならないデータは以下の4つに分類されるためそれぞれをご説明します。
- マスタデータ
- トランザクションデータ
- バランスデータ
- カスタマイズデータ
1.マスタデータ
マスタデータはS/4 HANAで業務を行うにあたって基本情報となるデータが該当します。例えばマスタデータには以下のようなものが含まれます。
- 従業員情報
- 取引先情報
- 製品情報
- 勘定科目
一度設定してしまうとあまりデータの更新が発生せず、追加や削除が中心となるものがマスタデータです。データを設定しておかなければS/4 HANAが利用できないと認識しておくと良いでしょう。
2.トランザクションデータ
トランザクションは「行為・動き」などを指していて、SAPでは「伝票」と解釈されるケースが多くなっています。発注に関わる情報など「伝票」に関するデータはトランザクションデータです。
トランザクションデータは伝票のデータであるため、必ずしも移行対象になるとは限りません。状況によってはトランザクションデータを移行する必要がありますが、伝票情報をすべてクローズしておけば移行の対象外となります。トランザクションデータを移行する作業は非常に手間がかかるため、移行しなくても済むような事前準備を検討すべきです。
3.バランスデータ
バランスデータは会計において貸借対照表に記載されるようなデータを指します。製品や原材料の在庫数や現金や預貯金の残高などがバランスデータに該当するのです。動的なデータでありS/4 HANAを移行するタイミングで最新のものが必要となります。
動的なデータであるため、上記でご説明しているトランザクションデータと大きな差はありません。トランザクションデータにまとめて考える人もいるため、そのような考え方をしても良いでしょう。ただ、貸借対照表のことを「バランスシート」と呼ぶため、この部分のデータだけを切り出して移行を検討するケースも多々あります。
4.カスタマイズデータ
カスタマイズデータはSAPの動作などを定義する情報を指します。設定しておかなければSAPが適切に動作しないため、業務フローに応じた動きをするように設定しなければなりません。
SAPの移行にあたっては概ね同じカスタマイズデータを登録しますが、既存のSAPとS/4 HANAは機能が異なるためカスタマイズデータが異なる部分があります。そのため、部分的にはカスタマイズデータの内容を修正して移行すると認識しておきましょう。
なお、「データを登録しておかなければSAPが利用できない」との観点ではマスタデータと見ている部分があります。ただ、マスタデータは業務的なものであるのに対し、カスタマイズデータはシステム的なものです。役割が異なっているため、別物として扱ったほうが移行の役割分担などを検討しやすくなります。
3.S/4 HANAへデータ移行する基本的な流れ
S/4 HANAへデータ移行するための流れは状況によって変化します。今回は王道の流れを以下の順番でご説明します。
- 3-1.データ移行の手法決定
- 3-2.移行対象データの選定
- 3-3.データマッピング
- 3-4.データクレンジング
- 3-5.移行テスト
- 3-6.移行リハーサル
- 3-7.移行本番
3-1.データ移行の手法決定
最初にデータ移行手法を検討しなければなりません。SAPにデータ移行する方法はいくつも存在するため、現状に適したデータ移行方法を選択する必要があります。データ移行の方針を誤ってしまうと後からトラブルになりかねないため、時間をかけてでも丁寧に検討する必要があります。
なお、データ移行やSAP全体の移行については、これまでの記事で具体的な手法をご説明済みです。そのため、データの移行手法も含めてどのようなものがあるのか理解できていない方は、まず過去の記事でどのような効果があるのかご確認ください。
参照:「S4 HANAでクラウド化」No1.SAPのインフラはオンプレミスかクラウドか
3-2.移行対象データの選定
データの移行手法が決定すれば、具体的にどのデータを移行するのか検討しなければなりません。データは「すべて移行するもの」と思われがちですが実際にはすべて移行するとは限らないのです。むしろ、一部のデータをピックアップして移行するケースが多々あります。
具体的にどのような観点で移行対象のデータを選定すればよいのかについては、次回の記事でご説明します。現時点ではデータ移行はすべてを対象にするとは限らず、必要に応じて選定しなければならないことを理解しておけば十分です。
3-3.データマッピング
既存のSAPと新しく構築するS/4 HANAの項目を突き合わせて、既存項目がどの新しい項目に該当するのかマッピングします。「同じSAPならば全ての項目がマッピングできるのではないか」と思われがちですが、実際にはそうとも限りません。
特に現状の主流であるSAPERP(ECC6.0)とS/4 HANAには実装されている機能に大きな違いがあります。そもそも提供されている機能が違うため、機能の有無によってデータ移行ができない場合があるのです。既存のSAPで提供されている機能がS/4 HANAになければ、データ移行以前に業務の見直しから始めなければなりません。
なお、S/4 HANA標準の機能でマッピングできる項目がなければ、マスタデータやトランザクションデータなどに項目追加が必要です。移行の工数に大きなインパクトを与える部分であるため、可能な限り早くデータマッピングを済ませ、状況を把握しておきましょう。
3-4.データクレンジング
データクレンジングは移行対象のデータ群の中で、移行するデータと対象外のデータを洗い出す作業です。また、移行するデータの中でも誤った情報などが登録されている場合があるため、それらをきれいにする「クレンジング」作業をします。
データクレンジングの観点は数多くありますが、例えば以下のような作業を実施します。
誤って登録したデータを削除する
S/4 HANAへ移行した後に利用しないデータを削除する
テキストの全角・半角を統一する
重複しているデータを整理して統合する
特殊文字を削除する
最低限、対応しておきたいことは不要なデータの削除です。移行するデータが増えれば増えるほど移行作業には負担がかかるため、不要なデータが含まれるならばクレンジングで削除しておきましょう。可能な限り移行するデータを減らすことで、スムーズにS/4 HANAへ移行しやすくなります。
また、可能な限りデータの内容についてもクレンジングすべきです。例えばデータの中に全角と半角が混ざっていると、データの処理に失敗する可能性があります。S/4 HANAへデータ移行するタイミングでどちらかに統一しておくと、プログラムの処理中にエラーなどが発生する可能性が減らせます。
他にも、登録されているデータの中には重複しているものが存在するかもしれません。重複しているデータは不要であるため、ひとつのデータに統合して移行対象のデータを減らすようにしましょう。
3-5.移行テスト
データ移行の前には必ず移行テストを実施します。S/4 HANAへのデータ移行をどれだけ丁寧に準備していても、何かしらの問題が起きる可能性はゼロではありません。見落としている問題があるかもしれないため、移行テストを通じて最終確認します。
移行の方針に左右されますが、テストでは全てのデータを移行しません。事前に確認が必要なデータをピックアップして移行テストを実施します。移行データをパターン分けして、どのデータがテストの対象になるのか整理しておかなければなりません。
なお、テストを実施する際は合格の条件を定めておくことが重要です。例えば「取り込みデータが全件登録されていること」「データのマッピングがズレていないこと」などが挙げられます。合格条件がなければテストの意味が薄れてしまうため、どのような結果を想定しているのかまで定義してからテストに望むべきです。
3-6.移行リハーサル
移行リハーサルは実際にデータをS/4 HANAに全件移行してみる作業です。後程ご説明する本番移行を想定して、本番移行と同じ手順やデータで本番移行の作業をします。
基本的には移行テストで問題点が洗い出されているため、用意した手順に間違いがないかの最終確認が中心です。移行リハーサルについても合格条件を定義しておき、問題が生じていないか評価しなければなりません。また、移行リハーサルの作業時間を踏まえて、本番移行にはどの程度の時間が必要となるのかを測定しておきます。
なお、移行リハーサルでは「データベースに登録されているデータ数」と「S/4 HANAのトランザクションから確認できるデータ数」の両面で合格条件を定めることが重要です。適切に移行できていなければ「データベースに登録されているがトランザクションコードで表示されない」という状況に陥ってしまう可能性があります。
また、リハーサルをどの環境で実施するのか検討が必要です。検証環境でリハーサルする場合もあれば、本番環境でリハーサルをして、データを消してから本番移行する場合もあります。
3-7.移行本番
移行リハーサルで問題がなければ、後はS/4 HANAへの本番移行を実施するだけです。既存のSAPに含まれているデータのうち、移行対象となるものはすべて移行します。
本番移行にあたって意識しなければならないのは「どの時点のデータを移行するか」です。データの移行は時間を要してしまうため、データの抽出タイミングを定めておく必要があります。それ以降のデータは移行対象外になることを周知しなければなりません。
本番移行はシステムの切り替えを意味するため、実施タイミングの調節が必要です。日頃からSAPを利用する業務部門とSAPを管理するIT部門が連携して日程調整しましょう。データの抽出タイミングから時間が経たないような調節が重要です。
4.まとめ
S/4 HANAのデータ移行についてご説明しました。データ移行の対象となるデータは大きく分けて4種類あり、移行するにあたってすべてのデータを移行するとは限りません。必要に応じてデータをピックアップしてS/4 HANAへ取り込む段取りとします。
また、データ移行にあたっては、対象となるデータのピックアップだけではなくマッピングやクレンジングなどの作業が必要です。データ移行のテストやリハーサルの実施もすべきであり、皆さんが考えるよりも時間を要するかもしれません。S/4 HANAへの移行を考える際は、データ移行にかける時間に余裕を持っておくのが理想的です。