鍋野敬一郎のSAPソリューション最新動向#12
こんにちは!SAP Freelance Jobs運営事務局です。
弊社では、SAPジャパン株式会社出身で、ERP研究推進フォーラム講師でもある株式会社フロンティアワン 代表取締役 鍋野敬一郎氏をコラムニストとして迎え、「鍋野敬一郎のSAPソリューション最新動向」と題し、SAPのERP製品情報や最新技術情報をお届けしています。
第11回目である今回は、「新型コロナウイルスによるSAP業績への影響は、ライセンスからクラウドへ加速」について取り上げます!
これからSAPに携わるお仕事をしたい方も、最前線で戦うフリーランスSAPコンサルタントの方も、ぜひ一度読み進めてみてください!
【鍋野 敬一郎 プロフィール】
株式会社フロンティアワン 代表取締役
ERP研究推進フォーラム講師
- 1989年 同志社大学工学部化学工学科(生化学研究室)卒業
- 1989年 米国大手総合化学会社デュポン社の日本法人へ入社。農業用製品事業部に所属し事業部のマーケティング・広報を担当。
- 1998年 ERPベンダー最大手SAP社の日本法人SAPジャパンに転職し、マーケティング担当、広報担当、プリセールスコンサルタントを経験。アライアンス本部にて戦略担当マネージャーとしてSAP Business All-in-One(ERP導入テンプレート)立ち上げを行った。
- 2003年 SAPジャパンを退社し、コンサルタントとしてERPの導入支援・提案活動に従事。
- 2005年 独立し株式会社フロンティアワン設立。現在はERP研究推進フォーラムでERP提案の研修講師、ITベンダーのERP/SOA/SaaS事業企画や提案活動の支援、ユーザー企業のシステム導入支援など、おもに業務アプリケーションに関わるビジネスを行っている。
- 2015年よりインダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI):サポート会員(ビジネス連携委員会委員、パブリシティ委員会委員エバンジェリスト)
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はじめに
新型コロナウイルスによる影響はとどまるところを知らず、4月半ば現在で既に感染者230万人以上で週毎に倍増して、感染による死亡者は16万人超と毎日1万人増加する状況となりその勢いに歯止めが掛かっていません。(4/20現在)
世界経済は急速に後退し、中国は2020年Q1の1-3月期に史上初6.8%マイナス成長を公表するなど、2020年度の世界経済はマイナスとなるのがほぼ確実となりました。さらに、コロナウイルス感染拡大が来年以降も続いた場合は、来年度もマイナス成長が避けられないという予想が出ています。
サプライチェーン分断が生じたことで、必要な原材料や部品が届かず製品が作れない製造業。顧客の買い控えで販売が落ち込み、不足する部品によって製品出荷が出来ず、製品が出荷出来ない自動車や機械など製造業の2020年3月期業績は、好調だった前年度から一転して売上利益とも大幅減となった。製造業のみならず、その製品を取扱う流通業、その製品を運ぶ物流業などの業績も既に大きな影響を受けています。
IT業界やサービス業は、タイムラグもありまだそれほど影響は出ていませんが、これまでの経験だと遅れて6ヶ月~1年でその影響が出ると予想されます。さて、今回はいつものSAP製品に関するテクニカルな話を一旦横に置いて、SAPの業績発表内容からIT業界の向かうトレンドとSAPのビジネス戦略についてソフトウェア・ライセンスのモデルから今後のビジネス展開について考察してみたいと思います。
2019年度通期(1-12月期)と2020年Q1(1-3月期)のSAP業績から分かる状況
独SAPの2019年度通期(1-12月)の決算報告によると、IFRSベースの総売上27,553百万ユーロ(約3兆2,000億円、1ユーロ=117円換算)で前年比12%の増収、クラウド&ソフトウェア売上23,014百万ユーロ(約2兆7,000億円)で前年比12%の増収でした。
また、営業利益は4,495百万ユーロ(約5,260億円)で前年比21%のマイナス、クラウド売上は6,934百万ユーロ(約8,110億円)で前年比39%のプラスとなっています。2019年の継続利用率は67%で、その率はプラス2%伸びたようです。この数字は、2020年1月29日に公表されたもので、新型コロナウイルスによる影響を受けていないものです。
これをひとことでまとめると、売上は12%増収とビジネスは好調ですが、営業利益は非IFRSベースでは+15%伸びているものの、IFRSベースでは-21%と減少しています。つまり、これはPLベースでは一見すると増えているけれど、BSベースでは減っているという財務内容の構造変化が生じていることを意味しています。その中身は、クラウド売上が+39%というもので、顧客がライセンス購入からクラウド利用へシフトしていることが分かります。表面的な売上額は、クラウド&ソフトウェア売上が+12%と、総売上額と同じ伸びですが、顧客トレンドが急速にクラウドへシフトしていることが分かります。
また、継続利用率が67%で+2%の伸びを示していることから、SAPのビジネスが堅調であることが分かります。ここまでが、平常時の業績です。
(図表1、SAPの2019年度決算発表)
2020年度Q1(第1四半期1-3月期)、SAPの業績発表によると総売上は前年比7%増加ですが、2020年4月8日のアナウンスを見ると、IFRSベースのクラウド売上は29%増加していますが、ソフトウェア・ライセンス売上は31%減少しています。営業利益は前年比100%なので、営業利益は変わっていないようです。
2020年に入ってから、新型コロナウイルス(COVIT-19)による業績への影響が出ていますので、売上の伸び率は平常時よりも伸びが鈍化しているようですが、マイナス成長にはなっていないようです。また、ライセンス販売からクラウド利用へのシフトが加速しているのが分かります。このアナウンスにも書かれている通り、2020年度通期の業績見通し総売上額は278億ユード~285億ユーロ(約3兆2,500億円~3兆3,300億円)と予想されていますが、新型コロナウイルス感染によるロックダウンの終了によると書かれています。
Q2まで需要が落ち込むことを折り込んでいますが、4月20日現在で新型コロナウイルスが終息する状況はまだ見えてきません。SAPは、ライセンス販売モデルからクラウド利用モデルへのシフトを加速して生き残る戦略をさらに進めていくと思われます。
(図表2,SAPの2020年第1四半期業績)
ビジネスモデルの転換、ソフトウェア・ライセンス販売とクラウド利用モデルの違い
国内IT業界では、SIベンダが多いため人月ベースのサービス売上や保守運用などによるアフターサービス&メンテナンス売上が売上額の多くを占めています。
しかし、2010年頃からクラウド利用が拡大して、さらに東日本大震災によってクラウドの有効性が認められて以来、クラウド利用は着実に拡大しています。今回の新型コロナウイルスによる影響の1つが、サプライチェーン分断という経済活動に直結する事態を招いたことから、新型コロナウイルス終息後に企業がはじめに取り組むのはサプライチェーン再構築です。
新型コロナウイルスによるサプライチェーン再構築のポイントは3つあります。
- 3拠点生産体制の確立
- クラウドERP/RPA連携、モバイル対応システムの整備
- データ駆動型バリューチェーン・ネットワークの構築
これについては、Business+ITのサイトの連載コラムでご説明していますので、yろしければそちらを御覧ください。
(参考、コロナショック終息後の「ものづくり復興計画」で検討すべき3つのポイント、
https://www.sbbit.jp/article/cont1/37883)
さて、今回ここでご紹介したいのはソフトウェア・ライセンスモデルについて整理です。前述した通り、SAPではライセンス販売モデルからクラウド利用モデルへそのビジネスモデルをシフトしていますが、日本ではまだソフトウェア販売モデルが主流です。
実際問題ユーザー企業の担当者は、ライセンス販売、サブスクリプション、レンタル、従量型モデルによって、支払額や利用できる期限、会計処理上の費用認識(費目や処理タイミングなど)が異なります。これを正しく理解して、使い分けている企業はまだ多くありません。SAPのビジネス戦略は、従来のライセンス販売モデルとクラウド利用モデルの両方があります。これまでは、ERPなど基幹系システムについてはライセンス販売モデルが中心で、SAP AribaやSAP Concurなどはクラウド利用モデルという使い分けが一般的でしたが、今回の新型コロナウイルスによる影響はライセンス販売モデルのERPもクラウド利用モデルが急速に拡大していくことが予想されます。新型コロナウイルスによる影響は、当面続く長期戦となる様相ですからクラウド利用がさらに拡大していくことが予想されます。ERP導入プロジェクトも、プロジェクトルームに関係者が集まって進めていくスタイルから、少数精鋭のメンバーとユーザー企業の関係者が必要最低限の直接面談を行って、これを起点にネット上のミーティングを随時行うネットベースの導入へと変わっていくことが予想されます。作業内容や作業時間は、クラウド上できめ細かく管理されて、作業時間ではなくその成果で評価されるようになると思われます。プロジェクトにおいても、会議やプレゼンが上手いコンサルタントよりも、具体的な作業とその効果で評価される様になっていくでしょう。SAPのビジネス変革に従って、SAPに関わる人達の働き方も変わると思います。その岐路となるのが、ソフトウェア・ライセンス販売モデルとクラウド利用モデルです。この流れを今のうちに理解しておく必要があります。
(図表3,ソフトウェア・ライセンスモデルそれぞれの特徴)
今回のまとめ
SAPの業績は、新型コロナウイルスによるパンデミックの前と後でその戦略が変わっていることが分かります。ライセンス販売モデルから、クラウド利用モデルへのシフトが戦略の中心ですが、これは単純な利用形態の違いではなく、柔軟性とスピードを重視したオペレーションの制御システム(OT)と、その情報をエンタープライズ系システム(IT)の連携による使い分けなど企業システム全体の見直しにもつながると予想されます。
新型コロナウイルスによる影響は、今後も中長期的に継続した影響が予想されるため、SAPビジネスに関わるみなさまにとっては関心の高い領域ではないかと思います。新型コロナウイルス(COVIT-19)に対抗して、医療機関や医薬品メーカーが感染拡大を抑える対応策や、治療薬開発の取り組みも本格化しています。これと同様に、企業の基幹システムを担う我々も、粘り強くしぶとく生き抜くためにこうした環境変化に柔軟に対応していきたいと思います。