SAP S/4 HANAのATP機能について ECC時代からの進化ポイントとは?
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コラム監修:佐京正則
大学卒業後、新卒で国内のベンチャー企業に入社。
その後、約11年間、外資系企業や国内のインフラ関連企業にてSAP ERPの導入、開発、運用までを経験。
経験モジュールはSD、MM、FI。
2015年よりライターとして活動を開始。
IT製品の導入にまつわる企業課題、エンタープライズIT製品に関するコンテンツの執筆、ホワイトペーパー作成などを手掛ける。
また、CRM/ERPベンダーに対して顧客導入事例の作成支援なども提供。
ビジネス課題と企業向けITが結びついたコンテンツを得意とする。
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はじめに
事業会社において、納期と在庫の調整は非常に難易度の高い課題です。
この課題を解決するために、ECC6.0時代までのSAP ERPでは、アドオン開発が盛んに行われてきました。
一方、SAP S/4 HANAでは「aATP(Advanced ATP)」という名称でATPが標準機能として組み込まれました。
本稿では、S/4 HANAのATP機能の特徴や従来との違い、新しい機能や効能について紹介します。
1.ATPとは?混同されがちな引当在庫との違い
サプライチェーンやロジ系システムの文脈で「ATP」という言葉が出てきますよね。
ATPは「Available-to-Promise」の略で、直訳すると「約束可能な在庫」になります。
もともとは貿易実務の世界で使われていましたが、現在はITシステムの機能名としても普及しています。
貿易実務の現場で使われるATPと、ITシステム内で使われるATPには若干の違いがあるので、まずは2つの視点でATPを整理しておきましょう。
1-1.貿易実務におけるATP≒納期回答
貿易実務で使われるATPは、「顧客からの注文に対し、いつ出荷できるかを総合的に回答するための納期見込み情報」を指します。具体的には、以下のような複数の要素が含まれます。
・引き当て可能な在庫数量
・税関処理に要するリードタイム情報
・輸送手段やスケジュール(船・飛行機・トラックなど)
・他注文との兼ね合い(優先度や予約状況)
貿易実務のATPとは、いつ・どこで・どのように出荷できるかを含めた「納期回答」の根拠となる情報です。
単なる在庫計算ではなく、複数の情報を総合的に判断したうえでの “確約できる量・日程”として使われます。
1-2.SAPなどERPにおけるATP=引当可能在庫
一方、SAPをはじめとしたERPシステムにおけるATPは、「有効在庫のうち、引当処理されていない未予約の在庫」です。
単純に「引当可能在庫」と表現されることもありますね。
有効在庫や引当在庫と同じように、在庫の状態や性質を表す言葉のひとつです。
図版①:ATPの概念図
1-3.引当在庫との違い
ATPは「引当在庫」と混同されやすいのですが、実際の意味は全く異なります。
引当在庫は、すでに注文などに割り当てられ「自由には使うことができない在庫」です。
これに対してATPは、「将来の受注に対して、引き当てを約束できる在庫=現時点で自由に使える在庫」を指します。
1-4.ATP機能とは?納期の“根拠”を示す仕組み
ATP機能とは、事業会社が自社のサプライチェーンを円滑に動かすために、引当可能在庫を把握するための機能です。
IT化が進む前は、現場担当者の経験やエクセル台帳の情報を頼りに納期調整をするケースが一般的でした。
しかし品目が増え、保管拠点や配送チャネルなどが多様化する中で、手作業での納期調整は現実的ではなくなりました。
無駄を省きつつ、納期遅延は避けたい。そのためには、精度の高い引当判断が不可欠です。
こうした要望を受け、多くの事業会社ではATP機能を実装し、「拘束されていない在庫をリアルタイムに知る」ような仕組みを作ったのです。
ATP機能を活用すれば、システムがリアルタイムで在庫の可用性を判断し、納期回答を一元化できます。
二重引き当てや納期遅延のリスクを減らし、顧客との信頼関係構築にもつながるというわけです。
1-5.ECC時代のATP機能は軽量だが制限も
SAP ECC 6.0にもATPはありましたが、比較的シンプルな機能でした。
単一拠点での在庫確認には使えるものの、多拠点対応やチャネルをまたいだ複雑な引当に対応するためには、追加の開発が必要でした。
さらに精密な納期回答を得るためには、APO(Advanced Planning & Optimization)のような別モジュールと連携する必要があり、どうしても追加のコストがかかっていたのです。
2. aATPとは?S/4 HANAで進化した新しいATPの考え方
SAP S/4 HANAではこのATPが進化を遂げ、「aATP(Advanced ATP)」という新しい標準機能として搭載されました。
aATPは、ECCにおけるATP機能に比べて、よりリアルタイムで柔軟な判断を可能にした設計が特長です。
単なる拡張ではなく、“業務に即した約束をスピーディに行う”という思想のもと、再構築されたと言ったほうが近いかもしれません。
2-1.S/4 HANAのaATPとECCのATP機能との違い
aATPはS/4 HANAの一部として設計されており、拡張性や統合性を前提にした構造を持っています。
別システムに頼らず、より高度な判断や調整が標準機能内で実現できる仕組みです。
また、aTPは、ECC時代では外部モジュールとされていたAPOの機能のうち、グローバルATP(gATP)を内包しています。
出展:SAP JAPAN SAP S/4HANA の aATP ってナニモノ
ECC時代のATPを使うためには、APOを搭載した別のサーバーを用意する必要がありました。
しかしaATPでは機能が統合されたことにより、別サーバーは不要となっています。
また、機能面では「高速化」「ルールの柔軟性」「外部依存の解消」の3点で進化しています。
・高速化
S/4 HANAのインメモリ処理を前提とした設計により、大量データの中から瞬時に可用性を判断し、納期を割り出せるようになりました。
・柔軟性
商品ごとの優先度、チャネル別の引当ルール、キャンペーン品の特別対応など、業務ごとに異なる要件にも標準機能内で対応可能です。
・自律性
APOやアドオンに頼ることなく、標準機能だけで一貫したATP処理が完結します。
aATPの強みとして「リアルタイム性と業務ロジックの両立」が挙げられます。
「誰に」「いつ」「どれだけ」在庫を振り分けるかという判断を、事前に設定したルールと最新の在庫・受注情報をもとに即座に実行できるようになっています。
3. aATPでできること代表的な機能と用途イメージ
ここからは、aATPの機能を具体的に見ていきましょう。
SAP S/4 HANAのaATPは、単なる在庫確認ではなく、需給調整や納期管理を自動化・最適化するための機能が標準で備わっています。
具体的には、以下4つの機能が搭載されています。
・バックオーダー処理(BOP:Backorder Processing)
・製品割当(PAL:Product Allocation)
・供給保護(SuP:Supply Protection)
・代替基準確認(ABC:Alternative-Based Confirmation)
3-1.バックオーダー処理(BOP:Backorder Processing)
出荷順や優先度を自動で整理し、納品計画を最適化するための機能です。
たとえば、納期が迫っている注文、大口顧客からの注文、重要プロジェクト向けなど、業務上の優先順位に基づいて出荷順を柔軟に再調整できます。
人手での振り分け作業が不要になるため、物流現場の効率化にもつながります。
aATPのBOPでは、対象の注文を「セグメント」として分類し、各セグメントに下記のような設定を行って引当処理を最適化できます。
方針 | 処理の意味 |
最優先 | 指定納期を100%保証する(どんな状況でも出荷) |
ゲイン | 確認済み数量は維持しつつ、増やせるなら増やす |
再配分 | 従来の計画に従って再判定(現状維持) |
フィル | 出荷量は減る可能性があるが、増えることはない |
喪失 | 全ての出荷予約をリセット(在庫状況によらずゼロ扱い) |
3-2.製品割当(PAL:Product Allocation)
供給が限られている製品を、顧客・地域・チャネルごとに公平に配分するための機能です。
具体的には、供給制約がある品目について、一部の顧客に注文が集中しないよう、あらかじめ割当上限を設定します。
たとえば、「A社には月間最大100個まで」「Bエリアには全体の30%まで」といったルールを適用しておくことで、過不足のない在庫配分が可能になります。
3-3.供給保護(SuP:Supply Protection)
特定顧客や重要な販路に対するATPを“保護”して、ほかの注文に使われないようにできる機能です。
たとえば、年間契約を結んでいる顧客向けに一定量の供給を保証したい場合や、グローバルの優先顧客に影響が出ないように国内注文を制限したい場合などに活用されます。
時間軸(年、月、日など)に対して保護数量を設定し、優先度を考慮しながら引当可能在庫を確保できます。
PALよりも柔軟かつ複雑な条件に対応できる点が特徴です。
3-4.代替基準確認(ABC:Alternative-Based Confirmation)
特定の品目やロケーションのATPが不足している場合、代替候補の中から最適な引当先を自動で選定する機能です。
たとえば、
「通常は東京倉庫から出荷だが、在庫がなければ大阪倉庫へ切り替える」
「A品がなければ互換性のあるB品を案内する」
といった処理が自動で行えます。納期遵守率の改善や欠品回避に効果的です。
4. ERP ATPの課題点をS/4 HANAとaATPが解決
従来のSAP ECCでは、ATP(Available-to-Promise)の処理が販売管理(SD)プロセスの中に組み込まれており、設定できるルールも比較的限定的でした。
たとえば、顧客ごとの優先順位や供給の制御といった細かな引当ルールを実現しようとすると、アドオンや外部連携に頼らざるを得ず、業務に沿った柔軟な対応が難しい場面も多くありました。
このような背景を受けて、SAP S/4 HANAではaATP(Advanced ATP)という新しい仕組みが用意され、条件の判定とルールの適用を分けて設定できるようになっています。
その結果、実際の業務運用に合わせた細やかな制御が可能になりました。
たとえば、PAL機能で在庫を公平に割り振り、BOPで出荷順を見直し、SuPで特定の供給を保護しつつ、ABC機能で代替案を提示する、といった処理が標準機能だけで完結します。
aATPは、単なる在庫確認を超え、実務に根ざした引当の最適化を支える存在として、従来のERPでは難しかった“柔軟な引当ロジック”を実現しています。
5.aATPの知識を現場で身に着けよう
S/4 HANAで標準化されたaATPは、これまでのERPでは難しかった柔軟な引当判断や在庫制御を実現できる仕組みです。
PAL・BOP・SuP・ABCといった各機能は、ECC時代のATP機能とは一線を画す利便性を提供しています。
しかしaATPはS/4 HANAとは別の独立したライセンスが必要な拡張機能です。
したがって、すべての企業が導入しているわけではありませんから、業務上触れる機会がない方も多いでしょう。
aATPはロジ系の重要な機能であり、その仕組みを理解しておくことはSAP業界で働く人材にとって大きな強みになります。
ECC時代のロジ系の知識、経験を生かすためにも、aATPを使った案件に挑戦してみてはいかがでしょうか。