新機能解説 SAP S/4 HANA
—————————————-
【コラム監修者 プロフィール】
クラウドコンサルティング代表取締役 岸仲篤史
新卒でSAPジャパン株式会社に入社。
SAPジャパン在籍中にCOコンサルとして従事したことで、会計コンサルの面白さに目覚め、
大和証券SMBC株式会社 投資銀行部門、新日本有限責任監査法人、アビームコンサルティングにて、
一貫して約10年間、会計金融畑のプロフェッショナルファームにてキャリアを積む。
その後、2017年クラウドコンサルティング株式会社を設立し、SAPフリーランス向けSAP free lanceJobsを運営し、コラムの監修を手掛ける。
https://www.facebook.com/atsushi.kishinaka#
X
—————————————-
INDEX LINK
1.はじめに
日本国内でSAP ERPを導入している企業は2,000社を超えると言われています。
また、最新のERPソリューションである「SAP S/4 HANA」の導入実績も堅調に伸びているとのこと。
SAP ERP 6.0(ECC6.0)の保守サポートが数年後に迫った今、SAP S/4 HANAへの移行を検討している企業も少なくないはずです。
そこで今回は、改めてSAP S/4 HANAの新機能の中から、特に注目すべきものを紹介します。
2.SAP S/4 HANAとは
SAP S/4 HANAは、SAP社が開発した新世代のリレーショナルインメモリデータベース「SAP HANA」を技術基盤としたERPソリューションです。
SAP HANAとSAP S/4 HANAを同一視する情報もありますが、この2つは全く別の製品です。
従来のSAP ERPはデータベースとして他社製品を採用することもありましたが、SAP S/4 HANAはインメモリデータベースであるSAP HANAの採用が前提となっています。
また、ECC6.0までのSAP ERPからアーキテクチャを変更し、よりシンプルで簡素なデータモデルへと進化しました。
このシンプルさとSAP HANAのもつ高速なデータ処理が、レスポンスの速さを生み出しています。
2-1.SAP S/4 HANAの特徴
SAP S/4 HANAは旧バージョン(ECC6.0)までと異なり、オンプレミス/クラウドの両方に対応しています。
また、クラウド版は導入企業の規模や予算、運用方法に応じて以下2つのエディションを選択できます。
・S/4 HANA Cloud Public Edition
・S/4 HANA Cloud Private Edition
・コンパクトに、かつ標準機能ベースで使う「S/4 HANA Cloud Public Edition」
SAP S/4HANA Cloud Public Editionは、オープンネットワークかつマルチテナントなど、一般的なパブリッククラウドの仕組みを利用したシステムです。
中堅中小企業やスタートアップ企業など、比較的小規模で簡易な導入を希望する企業に向いています。
また、導入コストを抑えながらSAP S/4 HANAの最新機能を活用したい企業にも適しています。
SAP S/4HANA Cloud Public Edition は、「グリーンフィールド(Greenfield)方式」に最適化されています。
グリーンフィールド方式では、システム環境を新規で構築し、マスタデータのみを移行します。
また、トランザクションデータは移行対象としないことが多いですね。
SAP S/4HANA Cloud Public Editionは標準機能の活用が基本ですが、一定の拡張性を担保されています。
2023年12月からは、キーユーザー拡張、Side-by-Side拡張、開発者拡張などが利用できるようになりました。
拡張方法が提供されたことで、オンプレミス版に近い使い勝手を実現できる可能性が高まっています。
ただし、クラシック拡張(従来型の拡張)は提供されていないため、オンプレミス版やPrivate Editionに比べると柔軟性に欠けることは否めません。
・大規模に拡張性重視で使う「S/4 HANA Cloud Private Edition」
SAP S/4HANA Cloud Private Editionは、クローズドネットワーク+シングルテナント型のプライベートクラウドです。
企業ごとに独自のテナントが確保され、データの分離が保たれるほか、専用インフラの利用、AWS、Azure、Google Cloud Platform(GCP)といったIaaS環境の活用も可能です。
複雑な業務要件を持ち、レガシーシステムからの部分的な移行を必要とする大企業に適しています。
SAP S/4HANA Cloud Private Editionは、オンプレミス型のSAP ERP(ECC6.0)と同様に、アドオン開発や緻密なカスタマイズが可能です。
「キーユーザー拡張」「開発者拡張」「クラシック拡張」「Side-by-Side拡張」のすべてに対応しており、拡張性の面ではオンプレミスに引けを取りません。
移行方法は、グリーンフィールドのほか、ブラウンフィールド(既存のSAP ERP環境をアップグレードする方法)や
ブルーフィールド(選択的データ移行:必要なデータのみを選択して移行)にも対応しています。
既存システムの一部を活用したり、特定のマスタデータのみを移行したりと、システム構成の幅が広いことが強みです。
3.SAP S/4 HANAの新機能一覧
この他にもSAP S/4 HANAにはクラウド/オンプレミス両対応、MRP計算のリアルタイム化、作業の自動化といった新しい付加価値が含まれています。
それぞれ具体的に見ていきましょう。
3-1.カラムストア型のインメモリデータベース
SAP S/4 HANAが持つ最大の特長は「SAP HANA」をベースとした、カラム型のインメモリデータベースを採用している点です。
まず、インメモリデータベースについて簡単におさらいしておきましょう。
インメモリデータべースとは、メインメモリ(主記憶装置:RAM)上で処理を完結させるデータベースの総称です。
メインメモリに展開されたデータは、HDDやSSDといったストレージ内のデータよりも高速に処理されます。
データの変更・削除・追加といったさまざまな処理をメインメモリ上でデータ処理をすべてメインメモリ上で完結できるため、
オンディスクデータベース(SSDやHDDで読み書きを行う従来型データベース)に比べ、数百~数万倍の処理速度を実現できます。
一般的にメインメモリは揮発性メモリであり、電源供給が途絶えるとデータが消えてしまうという特性がありました。
しかし、インメモリデータベースでは電源供給が途絶えたタイミングでストレージへデータを保存するよう動くため、データの消失を回避することができます。
このようにメインメモリが持つデータ処理速度と、ストレージが持つデータ保持能力を併せ持つのが、インメモリデータベースの特徴です。
SAP HANAは、これら通常のインメモリデータベース技術に加え、「カラムストア型(列指向型)」を採用することでさらに処理速度を高めています。
一般的なデータベースは「行指向型」のものが多いと思います。
2者の違いはデータ処理の単位です。
列指向型は列単位、行指向型は行単位でデータ処理を行います。
行指向型は、任意の列のデータを取得したいとき、そのデータが属する行すべてのデータを処理対象とします。
これに対して列指向型は選択した列のデータのみを読み込むわけです。
したがって、「大量の行から少数の列のデータを探し出し、処理する」といった場合には、列指向型のデータベースのほうが圧倒的に速いのです。
また、列方向でデータを見ると、データ型も値も全く同じデータが連続することがあり、これらを圧縮することでデータ容量を削減することもできます。
このように「インメモリデータベース」「カラムストア型(列指向型)」というSAP HANAの特性が、SAP S/4 HANAの高速処理を支えているのです。
3-2.MRP計算のリアルタイム化
SAP S/4 HANAは、「ゼロレスポンスタイム」が売りの一つですが、MPR計算のリアルタイム化も見逃せません。
MRP(Manufacturing Resource Planning=資材所要量計画)はSAP ERPの機能としてこれまでも活用されてきましたが、
SAP S/4 HANAでは従来比で数倍の計算速度を実現しているとのことです。
この計算速度により、MRPのリアルタイム化も可能になっています。
リアルタイムなMRP分析は、市場動向やトレンドに応じた生産資源の調整を可能とするため、生産コストの圧縮や効率的な資源管理が進みます。
現代はVUCA時代と呼ばれるように、ビジネストレンドが目まぐるしく変化する時代です。
市場動向やトレンドに応じて素早く資源計画を調整するリアルタイムなMRPは、もはや必須といって良いほど重要な機能です。
3-3.受注登録の自動化
SAP S/4 HANAでは、受注登録作業の自動化も可能になっています。
具体的にはPDFやExcelなどのデータをアップロードすることで、自動で受注登録が完了する機能が追加されました。
特に注目すべきは「非構造化データ」からの自動受注登録です。
SAP S/4 HANAではアップロードされたPDF情報を機械学習で解析し、それをもとに受注データを自動で生成することができます。
この機能により「顧客から受け取ったPDFによる注文書を、RPAが自動でSAP S/4 HANAへ登録し、受注登録が完了する」という業務プロセスが可能になります。
また、Excel登録についても、Excelアップロードでの受注登録機能が標準搭載されました。
従来のようにアドオン画面でのバッチインプットなどを行う必要がなくなったため、開発コストの圧縮に貢献すると考えられます。
3-4.新UIによる操作性の向上
SAP S/4 HANAのUIは、従来の「SAP GUI」から「SAP Fiori」へと変更されています。
SAP Fioriは、新UIフレームワーク「SAP UI5」によって作られた新世代のUIです。
SAP UI5はJavaScript・CSS・HTML5をベースとしており、マルチデバイスへの対応を想定しています。
そのため、SAP Fioriでは、PCはもちろんのこと、タブレットやスマートフォンからでもERPへのアクセスが可能です。
3-5.ユーザーロールに紐づくメニュー表示
SAP S/4 HANAでは、新メニューの採用によって作業性が向上しています。
具体的には、従来型のドリルダウン型メニュー表示から「ユーザーロールベースのメニュー表示」に変更されました。
ECC6.0まで採用されていた「SAP GUI」では、機能ベースの網羅的なメニュー配置が主体であり、
ドリルダウンしながら使いたいメニューを探していく必要がありました。
一方SAP Fioriでは、ユーザーロールに紐づいたメニューがあらかじめ表示されているため、ドリルダウンによって機能を探す必要がありません。
3-6.生成AIのビルトイン
2025年に入り、企業向けシステムではもAIの活用が広まってきました。
SAP S/4 HANAにも独自のAIソリューション「SAP Business AI」が組み込まれるようになりました。
SAP Business AIはSAPの提供する複数のソリューションにビルトインされており、横断的に活用できます。
デジタルアシスタントAI「Joule(ジュール)」
特に注目すべき機能として、デジタルアシスタントAI「Joule」が挙げられます。
2024年末には、SAPコンサルタントやABAP開発者の知見を組み込んだ新バージョンのJouleがリリースされ、専門的なスキルや知見をAIから取得できるようになりました。
・Joule with SAPコンサルティング機能
SAPのカスタマイズや設定方法をJouleが回答してくれるサービスです。
SAP認定プログラムのコンテンツとコミュニティの情報、ペストプラクティスの方法論を学習しており、実際にSAP社内での運用実績もあるそうです。
・Joule with ABAP開発者機能
ABAPを用いた拡張開発を支援する機能です。
SAP S/4 HANA Cloudに内包される2.5億行のABAPコードを学習済みで、クラウドに最適化されたコード生成を自動で行います。
独自のAIエンジンを構築できる「AI Foundation」
Jouleと並ぶ目玉として「AI Foundation」もあります。
AI Foundationは、簡単に言えば「カスタムAIの開発基盤」です。
独自のAIモデルや生成AI機能を開発・拡張できるよう設計されており、自社固有の業務ロジックやデータに基づいた専用AIエンジンを実装できます。
GUIベースの開発ツールやAPIも標準搭載するなど、エンジニアリソースが乏しい企業にも最適化されているとのこと。
さまざまな業務でAIの恩恵が受けられる
たとえば、以下のような業務はAIによる自動化や効率化が見込めます。
・自動でマッチング提案を行い入金消込業務を高速化
・AIによる品質検査によって生産性を向上
・納品データを自動で取り込んで入庫処理を自動化
・回収リスクや優先度を可視化し、与信管理の精度を向上
・将来の資金需要を予測した資金管理
SAP ERPは基幹業務の大半をカバーすることから、センシティブで正確さが求められる機能が多いです。
こうした機能を扱うオペレーションは、どうしても担当者の持つスキルに依存する部分がありました。
しかし、AIが代替することで定常業務の大半は標準化されることになります。
3-7.SAP BTPによる開発環境の外部化
SAP S/4 HANA世代の重要なトピックとして「BTP(Business Technology Platform)」の存在も忘れてはなりません。
BTPは、簡単に言えば「外部連携基盤」です。
SAPのアプリケーションと外部システムを連携させる基盤となるシステムで、データ統合、分析、拡張機能の提供などを担います。
また、アプリケーション開発も行えることから、自社のシステムに必要な機能を「SAP ERP本体に手を入れずに」獲得できる点も魅力です。
これはSAP社の掲げる「クリーンコア戦略」に基づいており、S/4 HANA本体は標準状態のまま、さまざまな付加機能を実現できるようになります。
3-8.サステナビリティ対応を強化
さらにSAP社は、現代のビジネストレンドで非常に重要なトピックである「サステナビリティ」にも対応しています。
これは厳密にいえばS/4 HANAの機能ではありません。
サステナビリティソリューションをモジュラー形式で提供し、BTPを介してS/4 HANAに接続するという形式を採用しています。
以下がそのソリューション群です。
・SAP Green Token
原材料の由来や環境に対する影響をトレーサビリティデータとして可視化
・SAP Responsible Design & Production
製品設計・生産段階での持続可能性とリサイクル性を考慮した設計支援
・SAP Sustainability Data Exchange
複数の企業間でサステナビリティ関連データを共有するためのプラットフォーム
・SAP Sustainability Control Tower
企業全体のサステナビリティ指標を統合し、リアルタイムでモニタリング・管理できるダッシュボード
・SAP Sustainability Footprint Management
製品ごとのカーボンフットプリントや環境負荷を可視化・算出し、意思決定を支援
・SAP Green Ledger
財務データと環境データを統合し、企業の環境負荷を会計レベルで管理・報告
製品別のCO2排出量計算などのカーボンフットプリント対応は、多くの企業にとって負担となります。
しかしSAPでは複数のソリューションで自動化し、デジタルコアであるSAP S/4 HANAと連動させることを可能にしています。
4.「2027年問題」に向けた動きとは
最後に、SAP業界でよく耳にする「2027年問題」についても把握しておきましょう。
2027年問題では「レガシーシステムの更新が遅れることでビジネスに悪影響を及ぼす」ことが危惧されています。
この点について、我々SAP業界の人間はどのような意識を持つべきなのでしょうか。
4-1.保守期限は2025年から2027年に
ECC6.0のサポート期限が2025/2027年に迫る今、SAP S/4 HANAへの移行を本格的に検討する企業が増えています。
すでにSAP ERP案件は増加傾向にあり、今後は本格的な需要増を迎える可能性が高いでしょう。
実際に、フリーランスSAPコンサルタント/エンジニアへの需要も増加傾向にあるようで、
スキルと経験を持つSAP ERP人材であれば、十分な報酬と貴重な経験を得られる環境ができつつあります。
4-2.「2031年までサポート」が明言され需要増が見込まれるSAP HANA案件
実際にはECC6.0からS/4 HANAへの移行が間に合わない企業も多いようです。
そこでSAPジャパンでは、S/4 HANAへの移行支援を強化するために、
「一部ユーザーに対して2031年以降も延長保守サービスを提供する」という方針を打ち出しました。
従来のECC6.0は2030年までの延長保守サービスが提供されていましたが、これをさらに延長する形です。
延長オプションは「S/4 HANAへの移行を見据えたユーザー」に提供されるものですが、
2031年以降も対応することになれば、S/4 HANAへの移行需要はさらに大きくなります。
また、オンプレミスとクラウドをつなぐ人材(両方の知見を持った人材)は不足しているため、SAP人材の不足感は今後も続くと見られています。
ECC6.0を含めたオンプレミス環境での経験を、クラウド移行のプロジェクトでも存分に発揮する機会が増えそうです。
クラウドファースト・クラウドネイティブが本格化するいま、クラウドベースのSAP S/4 HANAにまつわる経験は、キャリアアップのために必須です。
SAP S/4 HANA導入プロジェクトへの参画をご希望であればぜひお気軽にご登録・お問い合わせください。
SAP案件紹介の専門会社だからこそ、プライムベンダからの案件多数!
最適な案件をご紹介させていただきます。
今後のキャリアも兼ねてご相談したい方、無料ZOOM面談を開催しております。
【合わせ読みたい関連記事】
①「S4 HANAでクラウド化」No1.SAPのインフラはオンプレミスかクラウドか
https://free-sap-consultant.com/news/2022/09/02/16635/
②「S/4 HANAでクラウド化」No.14 S/4 HANAのクラウド化で失敗しないための知識まとめ
https://free-sap-consultant.com/news/2023/03/31/17462/
③鍋野敬一郎のSAPソリューション最新動向#24
【本記事の参考・参照・引用元】
・SAP S/4HANAの製品ページ
https://www.sap.com/japan/products/erp/s4hana.html
・日経クロステック
SAPジャパン社長が「2027年問題」を2031年以降も支援と説明、なお残る2つの課題
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/10297/